カンナ村療養シリーズ
□なごり桜
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なごり桜(侍7二代目拍手御礼話)
「すっかり葉桜ですねぇ」
松葉杖をついたヘイハチが桜の木を見上げていった。
空は雲一つなく陽射しはすっかり初夏の装いで容赦なく差し込んでくる。‥‥そしてその照り返しでまぶしいほどの青々としたその新緑の力強さに目を奪われる‥‥そんな季節。
「この前の花見の桜も見事であったが‥この葉桜もまた見事だな。」
ヘイハチに答えたのはカンベエだった。
「あの時はかなり盛り上がりましたねぇ。」
先日、豊作を祈る祭りがカンナ村で行なわれ、その夜村人たちは見事に咲き誇った桜の木の下で花見の宴を催した。
重症のキュウゾウとそれに付き添うカツシロウ以外のサムライたちも当然加わり、例年になく賑やかな宴となった。
なんと言ってもゴロベエの命を張った芸や、太鼓もちの本領を発揮して場を盛上げるシチロージ。そしてその場を和ませるヘイハチの癒し系話術と‥‥カンナ村にとって今までに無いほど盛り上がる花見となった。
「オサムレエ様たちが居ると退屈しねえな。」
「ずっといてもらえるとありがてえだが。」
村人たちは口々にそう言って自らサムライたちに酒をついで回った。
「ああ‥‥久々に命の洗濯をした‥‥といったところか。おぬしたちの働きもなかなか一興であったな。」
桜の木を見上げる二人の顔に笑みが浮かぶ。
サムライたちにとっても楽しい宴であったようだ。
「しかし桜の花は潔いですね。‥‥パアッと咲いてあっという間に散り‥そしてつぎの見せ場のために舞台をちゃんとあけるのですから。」
「本来ならばサムライもかくあらねばならんのかも知れぬな。」
潔い桜たちを前にまるで己が戦の度に命を永らえるのを恥じているかのようなカンベエの発言に、ヘイハチはおや‥といった顔をした。
「らしくもありませんね。本当はそのように思っていらっしゃらないのでしょう?」
そうヘイハチにいわれてカンベエは苦笑した。
「‥‥そうか。儂らしくないか。生きてなんぼ‥‥。生きていなければ再び戦場に立つには出来ぬからな。」
そう言ってカンベエが桜から視線を外そうとした瞬間‥‥視界の片隅になにやら白いものを認めた。
どこからともなく桜の花びらが舞い落ちてきたのだ。
ひらひらと風に弄ばれるが如く気紛れに落ちてくるその花びらを、カンベエは‥‥一閃‥‥見事手のひらに収める事に成功した。
「おや‥‥桜がまだ?」
「儂らのように‥‥未練がましく残っている者もいるようだな。」
少し自嘲気味に言いながらカンベエは懐から懐紙を取り出して大事そうにそれを包み込んだ。
「どう‥なさるおつもりで?」
ヘイハチの問いにカンベエがふと笑みを浮かべた。
「なに‥‥キュウゾウに‥‥な。」
恐らくまだ生きることに希望を見出せないキュウゾウへの強いメッセージを、桜の花びらに感じたのだろう。
それを手にして立ち去るカンベエの背中を見送りながら、ヘイハチはカンベエの言外の強い思いに驚きを隠せなかった。
《キュウゾウ殿を一番必要としているのは‥‥もしかしたらカンベエ殿‥‥あなたかもしれませんね。》
2007年5月9日
おサムライの拍手御礼話を半年ぶりに更新しました!!
桜の季節の話を書きたかったのにすでに我が家の側の桜は葉桜でありました!!
ということで初夏の話となりまする。