カンナ村療養シリーズ

□散髪
1ページ/7ページ

散髪 1


「鬱陶しい季節になりましたねぇ。」

ヘイハチが思わず呟いた。

梅雨入りをした空模様は、いつも雲が垂れ込めていて重苦しい。
一日中シトシトと降る雨は、村人たちが住む木造のボロ屋にたっぷりと水分を含ませる。
それのせいで戸の開き具合が悪い‥‥と、このところ絶え間なく修理の依頼が舞い込むヘイハチは多忙な毎日を送っていた。
今日も朝から忙しく数軒の家を回ってきた彼は、それぞれの家で修理費の見返りとしてカンナ村の米で作る美味い握飯を貰い、その足でキュウゾウの家にやってきた。
寝たきりのキュウゾウの身の回りを甲斐甲斐しく世話しているカツシロウが、慌てて出迎えた。

「はぁ‥疲れた‥‥体がギシギシ悲鳴をあげてますよ。」

湿度の高い気候は、先の戦いで瀕死の重傷を負ったヘイハチの体を容赦なく苛む。
湿気で体中の傷が疼きだすのだ。
それに加えて長時間体を挟まれていたせいで呼吸器官もやられているらしく、松葉杖で動くたびにまだゼイゼイと肩で息をするような状態であった。

「ヘイハチ殿。お疲れ様です。どうぞこれを‥‥」
「おお!これはありがたい。淹れたてのお茶は何よりの活力になりますよ。特に今朝は梅雨寒でしたからすっかり体が冷え切ってましてねぇ。」

暖かい湯気の立つ湯呑茶碗をカツシロウから大事そうに受け取ると、ヘイハチは冷ますためにふうーっと息を吹きかけ、少し口をすぼめて口をつけた。
怪我のほうは徐々に回復しつつあるが、まだ完全とは全く言えない状態で、湯呑を持つ手もなんとなくおぼつかない。
そんなヘイハチの様子を、カツシロウはハラハラと見守っていたが、思い出したように立ち上がると、村の女衆が差し入れてくれた漬物を小皿に乗せて彼の脇に置いた。

「かたじけない。ここのぬか漬けはなかなかの美味!恐らくカンナ村の米ぬかだからでしょうなぁ。遠慮なくいただきます。」

ヘイハチは懐から握飯を出してかぶりつきながら遅い昼食を始めた。

「この様な悪天候のときにご無理をなさらずとも‥‥ヘイハチ殿もようやく怪我が回復されたばかりではありませぬか。いくら村人たちの依頼とはいえそこまでする必要は‥‥」

ヘイハチの身を案じたカツシロウの気遣いに、ヘイハチは頬に米粒をくっつけて人懐っこくにっこり笑った。

「いえね。私も喜んでやらせてもらっているんです。やはりこのような体になってからというもの‥‥何もお役に立てないというのは居心地の悪いモノですから。それに誰かに必要とされている‥というのは私にとってよい薬になりましょう。‥‥あちらも‥‥ご自身が必要な存在なのだということを、もっと自覚すれば回復も早いのではないかと思うのですけどねぇ。」

ヘイハチはそう言うと奥の方に視線をやった。
つられるようにしてカツシロウもそちらに視線をやる。
そこにはヘイハチ以上に瀕死の重症を負ったキュウゾウが仰臥している。
あれから半年以上経つが‥‥ほとんど寝たきりの状態が続いていた。
生きているのが不思議なくらいズタボロだったのだから致し方ないとしても、キュウゾウの中で生きたいと思う気持ちが薄れているのも、病床生活を長引かせている一因とサムライたちは見ていた。

「そういや‥ずいぶん伸びましたね。」
「は?何が‥でありましょうか?」
「髪ですよ。キュウゾウ殿の。」

ほとんど蓬髪状態に伸びまくった髪は既に肩にかかっている。
この季節特有の高い湿度はクセのある髪をさらに自由奔放にするらしい。

「ええ‥‥私も気になっているのですが‥‥このカンナ村には髪結いの者が居りませぬゆえ。かといって私がやるには‥その‥‥キュウゾウ殿の御髪(おぐし)はかなり‥素人の手には負えぬようですし‥‥。」
「うーん。でもこんな状態ではさすがに鬱陶しいでしょうね。‥‥お?‥髪結いといえば‥‥」
「何か心当たりでも?」
「いえね。さっきおタキさんのうちの戸を直していた時に、近所のおかみさんたちの井戸端会議がすぐそばで始まっちゃいましてね。私も作業をしながら加わっていたのですが‥‥。」
「井戸端‥‥?」

カツシロウは、村のおかみさんたちに囲まれて井戸端会議するヘイハチの様子を思い浮かべて‥‥ヘイハチならさもありなんと納得した。

「そうしたら今‥‥ながれの髪結いが隣村に来ているという話で盛り上がってて‥‥やはり田畑を耕す農民とはいえ女性ですから気になるんでしょうね。隣村に嫁いだ妹がキレイに結ってもらってどうだったこうだったって‥まあ際限なくてねぇ。」
「はぁ‥わかるような気がします。」

頭を掻きながら話すヘイハチの様子を見て、カツシロウはその状況も容易に想像することができた。

「その髪結い‥‥なかなかの腕らしいんですが、代金もそうお高くないようなんで‥‥ほら今度のヨヘイさんちの娘さんの祝言があるでしょう?そのときに、皆まとめてやってもらえるようこの村に呼んだらどうかって話になりましてね。‥‥もし来るんだったらそれに便乗してキュウゾウ殿の髪もきれいに整えてもらうよう頼んでみましょう。」
「それはよいですね。ヘイハチ殿!是非お願いします。」

髪がさっぱりすれば‥‥少し気持ちも変わるかもしれない‥‥そう期待するカツシロウであった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ