三途の川シリーズ

□喪失
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喪失


「わしもすぐ行く‥‥冥府で待っておれ。」

キュウゾウを失った。そしてヘイハチまでも‥‥。
その事実を突きつけられて‥‥。
なるべく回りに見せぬようにはしているが、ウキョウを探す間のカンベエの顔は苦渋に満ちていた。

その様子を見ていた古女房シチロージがカンベエに声をかけた。

「カンベエ様。死に急いじゃいけませんぜ。」
「‥‥。」
「違いましたか?」
「‥‥そのように見えるか?」
「ええ。もう‥‥後を追いたくてしょうがないように見受けられますよ。」
「馬鹿を申すな。」
「まったく素直じゃない。」
「‥‥。」
「失ってから‥‥それがいかに大切なものだったのかがわかるってもんでさあ。」
「‥‥。」
「おや?図星ですかい?」
「‥‥無駄口が多くなったな。お前も年を取ったのか?シチ。」
「ええ‥‥そりゃカンベエ様がお取りになった年と同じだけね。あたしゃ‥まだ生きてますから。」
「‥‥。」
「だから‥‥生きて村に帰りやしょう。あたしと共に。」
「‥‥それは‥‥ウキョウが首‥‥取ってから考える。」
「そりゃそうでげすが‥‥いい返事待ってますぜ。それに‥‥村に帰ったら待ってるかもしれねえし」
「‥‥?」
「今さっきキュウゾウ殿が言ってたじゃないねえですか。村で待つと‥‥。」
「‥‥ああ。」

《本当にそうだといい。村で待っていてくれるならそれが実体の無いものであっても。》

どう見ても助からぬほどの深手。
体からは押さえても押さえても真紅の生暖かいものが止まらず流れていき‥‥それに呼応するかのように‥‥まるで血の色を吸い取った赤い宝石のような瞳が少しずつ光をなくしていく様をただ見守るしか出来なかった。

撃ったカツシロウを責めることはしなかった。
カツシロウはとっさにカンベエの身を守ろうとしただけだ。

ただ‥‥そのことでカンベエにとって‥‥己の命と引き換えに大切なものを‥‥かけがえのない大切なものを失ってしまった。
シチロージに言われて‥‥いやシチロージに言われなくたって心のどこかで判っていた。ただ認めたくなかっただけだ。

「ヘイハチは‥‥キュウゾウと共に黄泉路をたどっているのだろうか‥‥。」
「そうかもしれませんね。何気にあの二人合いそうですから。」
「合う‥‥だと?」
「ええ‥‥キュウゾウ殿はあの通り社交性のかけらもないし無口なお人だから、ヘイさんだったら逆にちょうどぴったりじゃないかってね。」
「‥‥‥。」
「‥‥ちょっと‥カンベエ様。握った拳の爪が食い込んでますよ。まーったくイヤですよ。三途の川をはさんでキュウゾウ殿巡って泥沼‥‥なんてしないでくださいよ。」
「‥‥‥。」
「我々はまだ生きています。そしてまだ仕事が残っている‥‥やることは一つ。」
「判っておる。行くぞ!」
「了解!」

目指すはウキョウが首‥‥ただ一つ。

それが先に逝った者の供養になる‥‥。

そう彼らは心に刻み込んだ。

2006年11月9日
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