dream■mid_Croco_trip
□double camouflage…?!
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「先輩聞きましたよ、カモフラージュ作戦!
俺で良かったら、是非是非!!」
それから数日後の昼休み、例によって私にアプローチをかけ続けている可愛イケメン後輩男子が勢い込んでやって来た。
「…噂広まるの早っ。」
自席で焼きそばパンを齧っていた私は、対照的にやる気なさ気に声の主を見上げた。
「あれだけ大声でやりあっておいてよく言いますよ!
ね、相手まだ探してないんでしょ?」
ただでさえ普段から眩しいキラキラオーラが全開である。
私は舌打ちをせんばかりの表情で眉間に皺を寄せたが、ふと冷静に考えてみた。
クロコダイルでないのなら誰でも同じだし、こ奴は私に好意を示しているとはいえ恋人が居ることは承知の上だ。
それに下手に外部に委託するよりも、内情も知れていて気軽である。
あくまで話が早いからとの理由で承諾すると、子犬のようなはしゃぎっぷりをしだした。
「いやー例えフリでも、先輩の婚約者だなんて!!
やっぱこういうことってリアリティ大事じゃないですか?
当日までにお互いのことを色々わかり合う為に、これから…」
「じゃあ当日、会場で。」
「………。」
私の容赦無いぶった切りで、彼は斜め前方にガックリと肩を落とした。
パーティ当日の昼どき。
自室にSDカードを取りに廊下に出たクロコダイルは、ふと玄関先に置かれてあるものに気付いた。
「あの馬鹿…」
四角い無機質なそれに、眉間に皺を寄せて呟く。
使用してはいないが、スマートホンというものがあちらの世界の電伝虫と同様の機能を持つものであることは知っていた。
そしてそれが、動きの多いビジネスマンには必須のものであるということも。
ましてやこのような日だ、無いと差し支えあることも起きるのではないか。
手に取ろうとしたそのとき、床を震わせてバイブレーションが鳴った。
暫し逡巡したが、相手次第では自分が説明することで状況打破できるかもしれない。
都合が悪いようであれば、そのまま黙って切れば良いだけだ。
「あっ、センパーイ?!
今日お昼外食ですか?会社いないから電話しちゃった。
あのですねー、今日のレセプション、先方の都合で一時間遅れで始まるんですってー。
まぁ早く行く分には問題無いと思いますけどぉ。
…てかそれよりセンパイ、取引先社長の息子とのお見合い避ける為、自分を追っかけてるイケメンでカモフラージュするって本当?!」
甲高い囂しい女の声がぺらぺらと一気に捲し立てた。
クロコダイルは前半ただ耳を離して顔を顰めたが、最後の言葉を聞くとピタリと再度それを近づけた。
「うわー、黙ってるってことはそうなんだぁ!
まぁこないだ、彼には婚約者を強いるとか重く思われたくないから頼めなかったって言ってましたもんねぇ。
それにしても、自分に気がある男に婚約者の真似事させるとかぁ、センパイってば実は小悪魔…」
「場所は何処だ、小娘。」
「…………へっ?!」
想定外の重低音に固まっているらしい相手に、クロコダイルは再度脅すようなトーンで回答を促した。
「会場向かうのも一緒、始まるまでずっと一緒とか…、
何か本当の婚約者みたいですね!」
その夜、会場の高級ホテルの控室に向かいながら、後輩男子はテンション最高潮の笑顔を向けてきた。
「私がスマホを忘れたばかりに、連絡系統までお任せしてご迷惑をおかけしております。」
相手の言葉を丸無視し、態と他人行儀に頭を下げる。
「ハハッ、先輩は照れ屋で可愛いですねぇ。
おっ、此処で着替えるみたいですよ。
婚約者だし、着替えにも付き添ったほうが自然…
…すみません調子に乗りました。」
一目見た瞬間に謝罪の言葉を引き出すほどの眼力で凄んだ私は、大人しく男子の着替え室へ引き下がった後輩を尻目にその部屋へ入った。
「まぁ…、お綺麗でいらっしゃるから本当に映えて、お似合いですわ…!」
着付け師のされるがままに身支度を整えられた私は、感嘆の声を上げられ鏡を見遣った。
「…ありがとうございます。」
私とて女の端くれ。
普段できないような華麗な変身に悪い気は起こらない。
流石にセンスだけは一流の腹黒上司が手配したのは、上品な紫に大胆な和柄をあしらった豪奢な着物。
対外国人のパーティであるからとは思うが、会社側の気合の入った準備に、本当に断る気でいるのかとの疑念も沸く。
(クロコダイルに見せたかったな…)
柄に無い乙女なことを考えてしまった私は、その思いを振り払うと後輩男子の待つロビーへと足を向けた。
「…!!
先輩、…凄い綺麗です。」
ムーディな照明に照らされたクラシックなソファで落ち着き無く座っていた彼は、私の姿が目に入るや否や飛び上がるように立ち上がった。
一時間ほど遅れて開催されることになったということをタクシー内で知った私たち、他の人影はまだ殆ど無かった。
本気で見惚れてきている視線に苦笑し、私もまた彼を見遣って内心感嘆する。
普段の白っぽいグレーのお洒落スーツではなく、ブラックのフォーマルなスーツがモデルのように決まっている。
伊達に細いが高身長で、某大手アイドルグループのような容姿をしていない。
「アンタもまぁ、
…普段よりは男らしいよ。」
「ホントですか?!」
私の甘さの無い褒め言葉にも嬉しがりながら、ジェントル気取りで恭しく手を差し出してきた。
好意は困るのでいつも邪険にしているが、本当は彼に対して可愛い弟のような温かい気持ちも持っている。
今日くらいは貶さずにいてやるか、などと姉のような気持でその手を取ろうとした、そのとき。
「小僧、てめェじゃ役不足だ。」
「!?
何だっ…、?!!?」
手が触れ合う前に振り返ってその低い声の主を確認した私たちは、それぞれにフリーズ状態になった。
そこには葉巻を咥えた、2メートル近くのがっしりとした体躯にダークなベストスーツ姿の男が立っていた。
男ぶりも去ることながらそのオーラたるや圧巻で、ホテルのロビーの受付嬢たちが、遠目にも此方に注目しているのが見える。
そういえば以前、ブランドショップで店員の女の子にハリウッドスターではないかと問われていたことを思い出した。
「ク…クロコダイル!?
何で、此処に…」
けれどもその問いには答えず、唖然としている後輩男子に視線を向け片頬を吊らせた。
「仮初めの騎士(ナイト)の役割はここまでだ。御苦労だったな。
…さて。」
驚愕が収まらず混乱している私に、大きな掌が差し出される。
「今宵はこの俺がエスコートして差し上げよう。
…姫。」
慇懃と不遜が入り混じった、しかし完璧な所作。
その似合い過ぎる気障な態度と言葉に、私の心臓はドクドクと音を立てはじめた。
ぼうっとしながら少し震えている手を乗せると、ニヤリと口角を上げて逞しい腕に導かれた。
「えっと…、
ごめんね、ありがと!」
その存在を暫し忘れてしまっていた私は、強引にその場を連れ去られようとした矢先に振り返って後輩男子に声を掛けた。
終始ポカンとしていた彼であったが、何が起こったのか理解したらしく口をへの字に引き結んでいる。
「隙があったら、取り返しますから!」
命知らずな言動にぎょっとしてクロコダイルを見上げてみると、ギロッと鋭い眼光を刺している。
だが流石にその迫力にたじろぎはしたものの、踏ん張るようにグッと腕組みをした彼に鼻を鳴らした。
「フン、なかなか気概のある小僧じゃねェか。」
殺害予告でもするかと冷や冷やしていた私は、その台詞に胸を撫で下ろして漸く笑顔が戻った。
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