dream■mid_Croco_trip
□胡座とマシュマロに包まれて
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「いやー…、最近何でもない日常が沸々と幸せだわ…
決してベタベタな訳じゃないんだけど、何ていうかこう…、」
「せんぱいウザイんですけどぉー。」
翌週のホワイトデー当日、会社の昼休み。
後輩の同性に嫌われモテブリっ娘は、珍しくブスくれた顔で私のノロケのようなものを一蹴した。
聞くに人生で初めて、二股がバレてふられたんだという。
同情心の一欠片も湧き上がらない話だ。
「センパイはいいですよねぇー、たった一人で一杯一杯で。
平和ぁー。」
「…アンタすげぇウザイんだけど。」
せめて少しは悲しむなり弱みを見せられねぇのかコイツは、と思わず白目を剥く。
「けど、男ってホント嫉妬深いですよぉ。
だってバレたのって、男物の香水の匂いがするとかって、裏切りだとか言ってぇー。
そんなの決定的な証拠って云えますぅ?!」
「アンタの場合はそれが誤解じゃなかったって話でしょうが。」
「そうですけどぉ。」
不満そうに口を尖らせてサンドイッチを齧っている。
「あーあ、何処かに波風にも動じない、オトナで素敵な男いないかなぁ…。」
「そういうことは真実身持ちを固くしてから言いなよ。」
至極マトモな意見を述べたにも関わらずギロッと睨み付けられ、私は肩を竦めて2つめのカップラーメンを啜り始めた。
「名無しさんさん、バレンタインのお返し渡したいんで、今日ちょっと時間ありませんか?!」
「…何それ、ここでくれればいいじゃん。」
夕方、退社時刻まであと一時間というところで、偶発的出来事でバレンタインチョコを譲った可愛イケメン男子から弾んだ声を掛けられた。
「嫌だなぁ、そんなムードの無い…」
…私とアンタの間にムードなんて必要無いし。
恋人は居ると何度も言っているのに、最近の若い男子は皆こうなのか。
「イヤマジで無理。
家で愛しのマイダーリンが待ってるから。」
その場に居ないことをいいことに、本人の前では決して言えない台詞を吐いてみる。
「うー、
…食事とは言いません、10分だけ会社のカフェスペースで会って貰えませんか?!」
お願いします!!と大袈裟に頭を下げられ、捨て犬のような縋る目で見上げられるとつい可哀想になってしまう。
「…きっかり600秒で帰るからね。」
まぁ10分間社内カフェに行くくらいならいいか、と渋々頷く。
明らかに面倒そうにしている私であるのに、小躍りせんばかりに喜んでいる彼は本当に子犬のようで苦笑した。
「え、もう帰るんですか?!」
「この業界に居るなら、契約違反はしないことだね。」
約束を履行したカフェでの10分間。
テンション高いお喋りをバッサリと遮り、私は伝票を掴んで立ち上がった。
「俺との楽しいトークで、時間を忘れてくれるかと思ったのに…。」
「……。」
しゅんと肩を落とす様子を無言で見遣る。
その自信は一体何処から来るのか、最近の若い男子は皆こうなのか。
私は然程は歳も変わらぬ筈なのに、二度も年長者のようなことを思った。
「ていうか奢らせてくださいよ!」
ハッと私の右手の紙切れに気づくと、彼は大いに憤慨したようにそれを引ったくった。
「…別に、こんな数百円のコーヒーくらいどっちでも良くない?」
「何言ってんですか…!
惚れた女に金出せるなんて男が廃りますよ!!」
「あ、そ…。」
私は脱力したように答えると、好きにさせることにした。
―全く、気張るポイントがずれてんだよ。
男は、瑣末なことはクールに流し、ここぞというときにだけ女の心を掴まにゃあ…
と、自分でも要はクロコダイルのことだな、とすぐにわかるような思考が浮かんで内心はにかむ。
健気というのか図太いというのか、気を取り直して意気揚々と引き上げる後輩男子は、別れ道付近のやや狭く人気の無い通りで急に立ち止まった。
「…あっ?!」
「…ん?」
振り返って私の背後に視線を向けている為、釣られて後方を振り返る。
「…っ?!
何す…!!」
「あはは、
名無しさんさん隙見せたら、俺いつでも奪いますから!」
それはまさかの出来事で、不意にぎゅうと締め付けを感じたかと思うと、気がつけば一瞬間背後から抱き締められていた。
隙なんか見せてねぇっての!!
どう考えても不可抗力のそれ、抵抗は予想の範疇だったのかすぐに離れた為、蹴り上げのひとつもお見舞いしてやれなかったことが悔やまれる。
睨み付けている私から距離を取って笑い、すぐに別れの挨拶をして横断歩道を渡って去って行った。
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