dream■mid_Croco_trip

□異世界捏造VD
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「うおぉ?!

ク、クロコダイル、何で居るの?!」


2月9日、日曜日の夜。

仕事は休みだが出かけ先から帰宅した私は、炬燵でPCを開いている男にぎょっと目を見開いて手持ちの大きな紙袋を取り落とした。


紫煙を燻らせながら此方を見遣ったクロコダイルは、ドサリと大きな音を立てたそれに視線を落とした。


「あ?別にいつも予告なんざしてねェだろうが。

…何だァそりゃ、えらく大荷物だな。」


ご尤もな疑問に隠す訳にもいかず、渋々中身を見せる私。

そこには色とりどりの華やかな包装の箱ー職場義理配り用のチョコレートがぎっしりと詰まっていた。


「…てめェまさかまた、これを飯にする気じゃねェだろうな?」


心底嫌そうに顔を顰めて睨み上げてくるクロコダイルに言葉を詰まらせる。


この間のこともあり、今更正しいバレンタインの説明をするのは些か気まずいものがあった。

そこで私は、世話になっている職場の異性へ2月14日にチョコレートを配り歩く行事であると説明した。


あながち間違いでも無いこともあり、言い終えた後に漸く妙な隠し立てをする必要が無くなったという安堵感が広がる。


「…随分酔狂で面倒ェ文化だな。

てめェの国のトップは頭がイカれちまってんじゃねェか?」


「や、別に現首相が定めたイベントとかじゃないから…」


苦笑いをしながら部屋の隅にぞんざいにそれを置く。

しかし目敏いクロコダイルはそれとは別のものにチカリと目を光らせた。


「そのやたらと派手派手しい箱はなんだ、

同じモンか?」


隠すように小脇に抱えていたそれに気づかれ、私はギクリと身を震わせた。


「あ………、

えっと、そう。これもチョコ。


勤務先の社長にはランクが上のものをあげなきゃなんだ。

ほらやっぱ、他の社員と同じものじゃ失礼じゃない。

クロコダイルも社長なんだからわかるでしょ?」


だんだん捏造設定になってきていることに内心脂汗をかきながらも、咄嗟の出任せを吐いた。


「ハッ、全くもってくだらねェ。

俺ならそんな中身も外側もセンスの悪ィモンを部下が寄越しやがったら即座に枯らしてやる。」


「……っ!そ、そうだよねーアハハ。

クロコダイルの国はそんなの無くてヨカッタね!!」


内心の頭を打たれたようなショックを隠しながら、私はそそくさとそれを他の義理チョコと同じ袋に投げ入れた。



ー危なかった、事前に見られて却って助かった…


もはや内心ではなく背筋に本物の脂汗をかきながら、私は今日これを選んだ自分自身を思い返していた。



ごった返しのピークと思われるデパ地下で、毎年恒例の義理チョコを適当に見繕っていた。

そこでふと目に止まった高級スイーツコーナーのチョコレート。


義理では有り得ない値段と佇まいのそれらは、明らかに好きな男のために真剣に何度も行き来をする様子の女性たちの手に取られていた。

それがやけに眩しく見え、釣られるようにクロコダイルを思い浮かべ足を向けた。


渡す決意が固まっていたわけではないし、そもそも今月は現れない可能性だってある。

けれど気がつけばせめてもと洋酒入りのものを選び、金色と紅色の凝ったラッピングを頼んだ。


(外側までセンス悪いと言われるとは…)


個人的には豪奢で良いかと思ったそれ、しかしハイセンスで最高級嗜好の男の眼鏡には到底叶わなかったようだ。



その日は奇しくも一週間以上は滞在すると告げるクロコダイルの言葉に頷きながら、暫く仕事があるから先に寝てて、と言い残して資料作りに没頭した。






「名無しさんさん…、それは誰用なんですか?」


翌日の2月10日、月曜日。

チョコレートを配り歩いていると、他部署の男性社員が背後からヒョイと細い首を曲げて私の大袋を覗き込み尋ねてきた。


様々な部署で構成されているうちの職場は、勤務日の違いや出張関係の為、バレンタインの週はフライング渡しが恒例となっていた。


声をかけてきたのは、どうやら私に気があるらしき、最近転職してきたエリート若手くん。


クロコダイルを好きになる以前に好んでいた、いわゆる「可愛イケメン」で、お洒落なタイトスーツを着こなし細くはあるが長身でスタイルも良い。

だが、見た目にそぐわず中身はかなり積極的で、正直何度も食事を断ることと周囲の女子の妬みの視線に少々迷惑を被っているのが現状だ。


「あー、…いや特に決めてないけど。

何ていうかアタリくじ的な感じ?」


クロコダイルに社長用だと説明した手前、家に置いておく訳にもいかず、かの豪華チョコはそのまま大袋に放り込まれたままであった。



「えっ!

じゃあ俺にくださいよ、名無しさんさんから本命貰ったみたいな気分になれるし!」


目を輝かせて近づけてくる顔がとてつもなく煌かしい。

以前であれば鼻血卒倒モノであった筈のそれは、不思議なことにただ子犬にじゃれつかれたような感覚にしかならなかった。


「まぁいいけど…、

本命のキモチとか微塵も入ってないけどいい訳?」


「相変わらずストレートだなー…。

でもそういうとこにも惚れてます!

それでもいいんでください!!」


クロコダイルが受け取ってくれないのなら、誰に渡そうが大差は無かった。

私は苦笑のような表情を浮かべ、大仰に両手を差し出している掌にそれを載せた。



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