dream■short_T

□お兄ちゃんは心配性
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「じゃあ、行ってきます。」


「名無しさん、待て。


兄ちゃんも出勤時間だ、一緒に出ようぜ?フッフッフッ。」


「…嘘吐けバカミンゴ。


アンタに出勤時間なんか絶対無い!」



毎朝何らかの理由をつけて学校まで付いて来る私の超絶過保護兄、ドフラミンゴ。


歳が離れた異性の兄弟なので可愛いのだろう、などという周囲のマトモな評の範疇は、メーター振り切りで超越している。



私が一流高校に受験合格し、地元の両親のもとを離れ都市部へ移る際、この馬鹿兄貴はいつの間にか私と暮らす手配を終えていた。


女子寮もあるというのに、

「駄目だ。お前ほどの器量とデキのよさにゃ、老若男女全てが魅了される。寄ってくる人間に性別や年齢や国境ァ関係無ぇ。庇護者が必要だろ?」

と、完全にアタマがおかしいとしか言い様がないことを至極大真面目に捲し立てた。


因みに、兄はどんな商売をしているのか知らないが大成功を収めているようで、一日の大半を私のことに費やしていても懐に大金が転がり込んで来る大層なご身分のようだった。




「もう、ここでいいってば!

正門まで付いて来んな!


…ったく、せめてそんな格好やめてよね。」


毎日のこととはいえ、登校する生徒たちの注目の的となっているド派手な兄にげんなりする。


その体躯だけでも充分に目立つのに、金髪・短髪にサングラス、絢爛なピンクの羽コート。


だが本当はそれだけではなく、言いたくはないがそのモデルなみのルックスに熱視線を向ける女子が殆どなのだった。

ファンクラブまで結成されているのを知っているが、調子に乗らせない為に死んでもそれは伝えない。


全く、思春期の女子というのは妙なものにフラフラする仕様の無い生き物である。



「フッフッ、

自慢の兄貴を持ったからってそう照れンじゃねぇよ。


帰りは何時だ?迎えに来るぜ。」


就学時間前から疲弊した私は前半の台詞にはもはや突っ込まず、眉を顰めて溜息を吐く。


「帰りは約束があるから来なくていいし。

てかあろうが無かろうが来んな!」


途端、兄ドフラミンゴは口角を急降下させ、眉の無い眉間に深い溝を作って低い声で問い詰めた。



「…あァ?何だと?

今日ァ補講があンだろうが、その後っつったら何時になると思ってる?


約束ってなァまさか野郎とじゃねぇだろうな?!」


しまったと思ったときにはもう遅く、冷や汗が背を伝ったそのとき、救世主が現れた。



「またてめェか、妹ストーカー野郎…

名無しさんが遅刻になンだろうが、解放しやがれ!


あと部外者が勝手に敷地に入ンじゃねェ!」


顔に大きな傷が走り葉巻を咥えた、とても聖職者とは思えぬ教員クロコダイル。


誰もが恐れる私の兄と渡り合える唯一の男として、もはやドフラミンゴ駆除専門要員と化していた。



「チッ、また鰐野郎か…!」


「こっちの台詞だ糞鳥野郎!

名無しさん、俺が抑えておく。早く入れ。」


文字通りに兄ドフラミンゴを押さえつけながら、名無しさんに向けて校舎を顎でしゃくる。


無言で合掌し、深々と頭を下げる私。


クロコダイル先生、本当にいつも有難申し訳ございません。







―放課後、補講終了後の教室。



「名無しさん、一緒帰ろ…

ってそっか、今日は初デートだったわよね〜」



「なっ…、図書室で一緒に勉強するだけで、別にデートじゃ…!

ってかわかってた癖にワザと言うな!」


親友のナミは、まんまと顔を赤くした私を誂うようにケラケラと笑う。


「でもほんと、ローくんって言ったら学年トップの医学部志望イケメン、学校中の憧れの的だからね〜。

それが名無しさんしか眼中に無いんだもの、うらやまし…

…くは全然無いけどね!


私はあんなスカした根暗そうなヤツ、微塵も興味無いわ!」


「…誰が根暗だミカン女。

名無しさんは俺に用があンだ、サッサと帰れ。」


ペラペラと軽口を叩いていたナミに、不機嫌そうな低い声が向けられる。

そこには私のまだ彼氏未満の気になる彼、トラファルガー・ローくんが佇んでいた。


因みにミカン女とは、昼食にいつもミカンをデザートにすることと髪の色により名付けられたナミの渾名である。



「ちょっ、

その渾名で呼ぶのやめなさいっていつも言ってるでしょ!?


名無しさんと私っていったら学園ツートップなんだからね!

片方は自分のモノにして片方は貶めるとか、学校中の男を敵にまわすわよアンタ!」


「フン、名無しさんは当然のことだが、お前に関しちゃ微塵も理解できねぇな。」


「何ですってェ?!」


ここでも始まってしまった闘争に、顔を引き攣らせながら制御をかける私。


「もうヤメテ…

何ていうか今日は朝から疲労困憊してるから、もうそういうのは…」


「オイてめェら、教室内でギャーギャー騒ぐんじゃねェ!

補講終わったンならサッサと下校しねェか!」


そのとき、ガラリと乱暴に教室の扉が開き、またもクロコダイル救世主様が現れた。



「ハーイ、スミマセーン。」


「………。」


口を尖らせてアンタのせいだからね!とローくんを睨むナミと、無言で睨み返すローくん。



「じゃあね、名無しさん。気をつけるのよ、夜電話するからね!

…根暗男、名無しさんに図書室でヘンなことしたら許さないから!」


クロコダイル先生の厳しい視線の元ゾロゾロと教室を出ると、図書室と逆方向のナミは捨て台詞を残して帰って行った。


朝と同じ合掌と深いお辞儀をして通り過ぎようとしたとき、ふとクロコダイル先生に呼び止められた。



「名無しさん、今から図書室か。」


「はい?

そうですケド。」


いつもはあまり立ち入ったことを聞いて来ないのにと、少し首を傾げる私。


「……トラファルガーとか。」


「そうですよー。

私の苦手な理科系の教科を教えてくれるんです。」


社会科教師のクロコダイル先生は、チッと舌打ちをすると無言で通行を許可した。


「…?」

…何の舌打ちですそれは?


疑問が残った私がローくんと並んで歩きながらもチラリと振り返ってみると、ジトッとした視線でまだこちらを見ているクロコダイル先生の姿。


「…??」

またも首を傾げていると、隣でローくんの溜息が聞こえてきた。


「…こりゃ色んな方面で医学部なんかより難関だな。

先が思いやられるぜ…。」


「…???」


その呟きの意味はよくわからなかったが、明らかに独り言のようだったので聞き返しはせずに図書館へ向かった。
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