dream■mid_Dofla_modern parody
□雨に遊ぶ
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「どこの世界に、こんな時期に傘を持たねぇ馬鹿がいるんだよ。」
「…煩いな。家にあるのに買うの勿体無いからしょうがないじゃん。」
「相変わらず銭ゲバだな。」
「フン、倹約家と言って貰いたいね。」
休日、梅雨の時期だというのに一時的な晴れで、うっかり傘を忘れてバイト先のカラオケ店(偽)へ向かった。
途中でスコールなみの大雨に見舞われ、一応デート前の乙女という意識が多少は芽生え、焦った。
だがそのあまりの激しさにだんだんどうでも良くなってきて開き直り、ずぶ濡れになったところで辿り着いた先にベラミーが出迎えたという訳だ。
「今日は仕事あがりらしくてここで待ち合わせなんだけど、ドフラミンゴさんまだ来てない?」
「来てねぇよ。お前どうすんだ、そんなみっともねぇ格好でよ。」
「えっ、何ですと?みっともない…?
…それは本当ですか?」
「鏡見ろ、鏡。」
呆れ顔でカウンターのそばの大きな壁鏡をしゃくる。
ビチャビチャと気色の悪い音を立てながら近づき、私は言われた通りぬるりと立ち尽くす我が身を眺めた。
「…水も滴るいい女?」
「そんな血迷った判断をくだすのァ頭沸いた阿呆しかいねぇよ。」
大きく鼻を鳴らされ、そしてこちらも鼻を鳴らし返して軽く睨み合っていたそのとき。
「名無しさん、もう来てたのか。
…何だお前びしょ濡れじゃねぇか。」
低い妖しげな笑い声とともに侵入してきたのは他でもない、我らがオーナー。
見れば私と変わらないくらい濡れそぼっており、短い金髪から光る雫がぽたりぽたりと垂れている。
「いやいやいや、ドフラミンゴさんもじゃん!
傘持ってきてないの?」
「そんな面倒臭ぇモン普段から持たねぇよ。」
「こんな時期に、傘を持たないのは馬鹿だけらしいよ。」
「…アァ?」
「馬鹿やろっ…!テメェ黙れ…」
焦るベラミーを尻目にあれっ?と首を傾げる私。
「今日はいつものピンクの羽根合羽着てないんだね。
アレ防水仕様じゃないの?」
「フッフッ…、
………ハネガッパ?」
「おまっ……!!?」
笑いを一瞬留め、口角はそのままにピタリと停止するオーナー。
自慢の一張羅の合羽発言に、忠犬ベラミーは大いに青褪めている。
「…それにしても名無しさん、あれだな、
水も滴るイイ女ってやつじゃねぇか、フッフッフッ。」
気を取り直したのか改めて私に視線を向け、さきほど心にもない冗談で自らを称したその言葉を本気で言われた。
「そんな血迷った判断をくだすのは頭沸いた阿呆しかいないらし…ムグッ?!」
「ア?」
「名無しさんテメェ、ふざけんないい加減にしやがれ…!」
毎度お馴染みベラミーの理不尽な口塞ぎを受け、もがく私。
いつもこの光景に、イヤに仲が良いなテメェらなどと見当違いな見解を示しているドフラミンゴさんは、少し不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
「てかさ、ふたりともこの状態じゃ何処にも行きようないよね。」
ややあって肩を竦めた私に、ドフラミンゴさんはニマリとスマイルを浮かべて宣った。
「フッフッフッ…、
名無しさん、こうなったら逆にアウトドアだ、行くぞ。」
「はっ?!…」
キュウッと先の尖った靴を鳴らして此方に踏み出し、大きな手で腕を引っ張られ呆然とする。
「ちょっとどこ行…のわぁスゴイ降ってんじゃん外!!」
ドアを開けた音に続き、名無しさんの悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
「…あの人が雨の日にアウトドアなんてなァ…。
梅雨なんざ鬱陶しがって、高級ホテルに篭って気が向きゃあ商売女呼ぶくれぇだったのに、信じられねぇぜ。」
嵐の如く去って行った二人を見送りながら、ベラミーはまたヴェルゴさんへの土産話ができたな、と軽く笑った。
「………何か意外と楽しい!!
ウォータースライダーつきジェットコースターみたい!!」
痛いほどの雨滴に顔を打たれながらも、名無しさんは密着状態の男へ大声で叫ぶ。
「そういやァお前、そういう乗り物が好きだったよな、もっと早く乗せてやりゃァ良かったか?」
ドフラミンゴは口角を上げながら、後方のタンデムシートに呼びかけた。
「うん、これ好きかも!
…てかドフラミンゴさん、こんな速度でバイク乗るのに何でジェットコースター怖いの!?」
「……………誰が怖ぇっつった。」
遊園地での出来事を参照にした問いを発すると、急に勢いを失った声に笑い声を上げる名無しさん。
結局何処へとも告げられぬまま無理矢理連れ去られた豪雨の中。
酔狂極まりないと思ったその提案、だが今や思いがけずテンションが上がりきっているのを感じる。
ドフラミンゴが言うように絶叫系を好むのもあり、それに思い出してみれば嵐のときにはどちらかというとソワソワする性質(たち)であった。
―それとも、ドキドキするのは腕を回している筋肉質な背中の感触か、あるいは見惚れるほど似合うシルバーの大型バイクを走らせる姿のせいか。
クリアでない視界に目を眇めながらも、名無しさんは角度により偶に見える横顔をこっそり見詰めていた。
「へぇ、ここドフラミンゴさんの別荘のひとつなんだぁ…
でも普通晴れた日に来るよね!
…あ、もしかして女をバイクで此処連れてくるの定番?」
林道を抜け、バイクが停まった先は、開けた草原に湖が見えるコテージだった。
半分誂い、半分拗ね気味に尋ねると、大袈裟に肩を竦める。
「おいおい、この俺がアウトドアなんざ有言実行したのァ生まれて初めてだぜ?
好きそうに見えンのか?」
別荘は不動産関連の取引で付き合いで買ってんだ幾らでもある、と、ことも無げなブルジョア発言。
汗を拭いながらなかなか火の付かない炭に苦戦したり、テントを組み立てたり、じっと座って釣りをするドフラミンゴさん―
「…絶対しないだろうね。」
吹き出しそうになりながら、コテージ内には入らず湖のほうへ向かう長い脚のあとを追う。
ふと立ち止まって変わらぬ勢いで降る雨に天を見上げていると、少し置いて行かれそうになり足を早める。
気づいたドフラミンゴが後ろ手に差し出した大きな掌を掴むと、久しぶりのその熱い体温にドキリとした。
「なァ、海みてぇじゃねぇか?」
危なくない程度の距離で、湖の水面を見下ろせる丘のような場所へ着くと、ドフラミンゴは胡座をかいて座り込んだ。
「ほんとだ。…波みたい。」
隣に座った名無しさんも、覗き込んで頷く。
恐らく穏やかな日は静かな湖畔という表現が相応しい風光明媚な場所なのだろう。
しかし、激しい雨の今日は海のように動的に鈍い灰色の光を放っている。
「海が好きなの?」
「あァ。…泳ぐのァ好かねぇんだがな。」
アウトドアはしないのに海が好きって変わってるね、と言うと片頬を吊らせた。
「前世船乗り…いや海賊とかなんじゃない?
うっわ、似合うー!」
バイキング姿を想像し、その違和感の無さに手を打つ名無しさん。
「けど海賊にしちゃあ致命的な弱点あるよね。」
「アァ?弱点だァ?」
そんなモン晒した覚えはねぇ、と眉間に溝を作った顔を見上げ、名無しさんはニヤリとほくそ笑んだ。
「ドフラミンゴさん、泳げないんでしょ?」
「…!!」
思わず口を滑らせてしまったらしい。気づいたときには時既に遅し、名無しさんはニヤニヤと私は泳ぎ得意だよー、などと宣っている。
生意気な餓鬼のようなへの字口になった大の男を横目に、笑いながら後方にドサリと倒れ込んだ。
背に、濡れた柔らかい草を感じる。
「わー…、あんまり目ぇ開けてらんない…けど、
何だろ、気持ちいいなぁ。」
もう衣服は意味をなしていないほど重く貼り付き、顔にダイレクトにシャワーを浴びているような状況なのに何故か爽快に感じる。
「…んお?」
ふと雨を感じなくなって目を開けてみると、ドフラミンゴが横から覆い被さるようにして此方を見下ろしていた。
「…もっと気持ち良くなることでもするか?名無しさん。」
今日一番に悪そうな、妖艶な笑み。
その台詞と状況にまばたきも忘れてフリーズしていると、影が濃くなりだんだん近づいてくる端正な顔―
―いやいやちょっと待て…!!
「…ってぇ…!
お前なァ、ちったァムード壊さねぇ反応できねぇのか…」
ハッとしてガバリと起き上がると、当然の末路ながら衝撃の走った鼻柱を押さえるドフラミンゴ。
「こんな土砂降りの中、野外でサカる獣相手に何がムードだ馬鹿!!」
この過反応が愉しくて仕方がないのだが、名無しさんはそれに気づいていないらしい。
ドフラミンゴは冗談とも本気ともつかないニヤニヤ顔で尚も追い打ちをかけた。
「フッフッフッ、そうだな、まァここが初ってなァちとワイルド過ぎるか?」
「なっにがワイルドだこの変態オーナー!」
カッカと火照った顔と身体を冷やしてくれる雨に内心感謝しながら、名無しさんは豪雨にも負けぬほどの勢いで捲し立てた。
しかしそれからというもの、一風変わった趣向の恋人たちは、梅雨のアウトドアという楽しみを確立したのであった。
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