dream■mid_Croco_trip
□オトナ話題のコドモ闘争
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「センパイ、今男性社員の間でスゴイ話題なの知ってますぅ?」
「…は?」
毎度お馴染み、会社での後輩嫌われモテ娘との昼食。
といってもこの季節、屋上はもう暑いのでデスクでコンビニとろろそばを啜っているだけだが。
唐突に訳の分からない問いかけをされた矢先、ワサビの塊がつうんと鼻を抜け二重に眉を顰める。
「何か、私も知らないんですけどぉ、最近デビューしたばっかの女優にそっくりなんですって!センパイが。」
コラーゲンドリンクを飲みながら、何故か不服そうに口を尖らせている。
「私だってよく、合コン行くと『アイドルにいそうですね!』とか言われるけど、女優とか羨ましー!
しかも具体性あって悔しいー!」
「…あっそ。」
理不尽に嫉妬をされた私は肩を竦め、興味無さ気にカップ味噌汁を飲み干した。
「クロコダイルって意外に芸能人知ってたよね。」
「あ?」
その日の夜、夕食後。
滞在期間中のクロコダイルにふと問うてみた。
因みにいつもの如く、炬燵布団を取り払った炬燵机で向い合ってPCに向かっている、ワーカホリックカップルである。
「いや、ニュース欠かさず見てるのと脅威の記憶力で何でも覚えてるじゃん、いつも。
何かね、私に似てる女優がいるんだって。」
そう言って名を告げると、何故かキーを打つ手が止まった。
「…ん?知ってるの?」
「あァ、…まァな。」
何故か一拍間を置いた肯定。
「で、似てるの?」
「あァ……、まァな。」
これまた曖昧な肯定、私は僅かに首を傾げたが、まぁいいかと思い直し仕事の続きを始めた。
「ふぅん、クロコダイルが言うくらいならホントなんだろうね。
何だか知らないけど、それが男性社員の間で噂なんだって。」
「何だと?」
歯切れの悪かった口調が急に鋭いものに変わり、今度は私のキータッチが止まる。
「……どうした?」
「………。」
険しい顔で無言になってしまったクロコダイル、しかし何でもねェ、と低く呟いたので肩を竦めて追求はしなかった。
「そうだ、明日、飲み会で遅くなるから。」
思い出した予定を申告するといつものようにそうか、とだけ答えたが、その後珍しく、飲み会の場所を聞かれ再度首を傾げた。
「いやー、先輩ホンット似てるなあ。
何か照れちゃいますね!」
「…またその話題か。照れるとか意味わかんないし。」
翌日の会社の飲み会。
毎度の如く私の隣を終始キープする後輩男子に、いつもよりデレデレした顔を向けられ閉口する。
公式的な飲みでは上司たちオッサン軍団に混じって熱く仕事議論をする色気皆無な私、
だが若手のみの今日は何故か、いつもより男子に取り囲まれている気がする。
「面白くなーい。」
いつもちやほやされる姫役を獲られたとでも言いたげに、後輩女子がブツブツぼやいているのが聞こえた。
しかし結構綺麗どころが揃っているのにこれは一体、何なのだろう。
「ていうかググるの忘れてたんだけどさ、見せてよどんな人?」
流石にその女優が気になり始め、男子たちに打診するがニヤニヤと不審な笑みを浮かべている。
「いやーそれは…ねぇ。」
「まあまあ、そこの追求はナシってことで。」
「…?」
結局、よくわからないまま時は過ぎ、上司のいない場はやはり気兼ねがなく、何だかんだで盛り上がった。
気づけば結構な時間、終電を逃したことにしまった、と呟いた私は、そろそろお開きにしようと呼びかけた。
「じゃ、お疲れ様ー!…って、殆どの人がこっち方面か。」
店を出てみると、半数以上が同じ方向だった。
まだ宴会気分を引き摺りながらわいわいとそぞろ歩いていると、突如後輩女子が黄色い声を上げた。
「きゃあっ?!
あれってクロコダイルさんじゃないですかセンパイ!?」
「…は?!」
まさかの言葉に慌てて前方を見ると、通りの店の壁に背を預け腕を組み、葉巻を燻らせる漆黒の大男の姿。
「遅ェ。」
ポカンと瞠目している私に、不機嫌な低い声が降りかかった。
ゆっくりと上体を壁から離すとますますその身長は図抜けたものとなり、女子たちのカ、カッコイイ…!!という囁きが広がった。
余談だが、パーティでお披露目して以来、クロコダイルのファンクラブまでできているという噂だ。
「ね、ねぇどういうこと?
まさかとは思うけど、お迎えに来てくれたの…?」
先月、雨の日に同様の台詞を吐いたような気がするが、正直ちょっと嬉しかったり自慢の色男が誇らしかったり。
それに対し、またも何も答えないクロコダイルだったが、金の睨貌が後方に固まっていた男子軍団にギロリと向けられた。
「てめェら、人の女を色目で見るんじゃねェぞ。」
「……!!」
竦み上がってバツの悪そうな顔をする面々、しかしまたもかの気骨ある犬が吠えついた。
「擬似くらい、いいじゃないですか。」
後輩男子の言葉に周囲がどよめき、お前何言ってんだ、やめとけ!という囁きも聞こえる。
「…てめェは相変わらずクソ生意気な野郎だ。」
やはり覚えていたらしく、あっちの世界なら即刻殺していたのだろうなと私も顔を引き攣らせる。
「は?!
私が似てるのってその…セ、セクシー女優なの?!」
歩き出しながらも微妙な攻防戦は続いており、会話の内容から不審に思った私が問い詰めると、なんとそういうことだったらしい。
「…ってことはクロコダイルもそういうの見たことあるの!?」
「………。」
クロコダイルはあろうことか、無言で片頬を吊らせたため私の目は釣り上がった。
「センパイったら…。
ネット環境あって見ない男性なんてゲイだけでしょぉー。
てかそういうの責めるタイプ?結構ヤキモチ妬きなんだぁー。」
後輩女子に笑いながら割り込まれ、思わず恥ずかしくなって言葉に詰まる。
「そういうところも可愛いです!」
「てめェは黙ってろ小僧。」
余計な漫才が入ったところで、またも当初の不満が沸いてきて少し睨み気味にクロコダイルを横目で見上げた。
「あァ、名無しさん、言っておくが」
すると低くもよく通る、わざとらしく思いついたような声が発せられた。
「てめェが俺のモンになってからは、世話になってねェぜ。」
当然のことながら、私は立ち止まってフリーズした。
「もう必要無ェしなァ…?」
肩を抱き寄せられ、見上げれば悪そうな艶笑。
「……………っ………!!!!
ちょっ………
皆の前で何言ってくれてんのーーーーー?!!?」
大パニックを起こす私、しかし意にも介していない男はさきほどまでの不機嫌さの欠片も見当たらなかった。
「クハハハ、何だ、ガキども相手じゃあるまいし問題無ェだろ。」
「問題無いワケあるか…!!!」
体中から火が出そうな私の後方はしかし、誂うような態度を取っている者はおらず。
「はぁーセンパイいいなあっ…!」
頬を両手に挟む後輩女子、同じくウットリと羨ましそうにしている女子たち。
「クソッ、死ぬほど悔しい…」
後輩男子の敗北感に滲んだ声、相手が相手だ仕方ないと友情を深める男子たち。
この中にマトモな感性のヤツはいないのか…!!
私はまだ熱を残しつつも脱力感に苛まれ、してやったり的に満足そうなクロコダイルの肩に少しだけ頭をもたせかけた。
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