dream■mid_Croco_trip

□連れ去らない理由(わけ)
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「センパイ、知らないとか女子的にマジ終わってるし…!!

ちょうどクロコダイルさん来てるんでしょ?

恋人と観たら最高のムードになるんだからぁ!」


会社の昼休み。

最早惰性的に定番となった、後輩嫌われモテ娘との昼食。


私は自席でコンビニチキンを食べながら、テンション高い囂し女に眉根を寄せた。


「私、恋愛映画とか全然興味無いし。

ましてクロコダイルに至っては、画面を一目でも見るかどうかすら危ぶまれるわ。」


話題は今夜のロードショーで放映されるという、大ヒット恋愛映画についてである。

そっけなく肩を竦めると、何やら勝ち誇ったように大袈裟に溜息を吐かれた。


「センパイったら、わかってませんねぇ。

普通、そういうの観て涙を流す可愛い姿を、オトコに見せるのも目的なんですよぉ?」


普通なもんかそんなモン。腹黒ぶりっ娘のアンタだけでしょ。

―というツッコミを、面倒なので目だけで訴えた。


「確か二人ってあんまり外に出掛けないんでしたよね?

レンタルDVD観たりしないんですぅ?」


「いや、よくするよ。

クロコダイル、映画好きだし。」


「あ、そうなんだ。

じゃあどんなの一緒に観るんですか?」


「知能犯モノのサスペンスミステリーだね。

巧妙なトリックとか、犯人推測がもう楽しくて。


けどクロコダイルって物凄い頭いいからさー、大抵当てられちゃって悔しいんだよね!」


「センパイ…、一見ノロケっぽいけどそれ、色気無さ過ぎだから…」


若干引き気味の態度を取られ、私は悪いかとばかりに鼻を鳴らすと冷め切ったコーヒーを飲み干した。







「私…、全てを捨てて付いて行く、って

そう決めたの。」

女は、異空間の歪みに今にも吸い込まれそうな男の大きな掌をしっかりと掴んだ。


「君がそう言うことはわかっていたよ。

…だから」


「…!!」

突然痛いほどの力で腕を掴まれ、気が付けば逞しい両腕に包まれていた。


「どんな世界に居ようと、死ぬまで一緒だ。」



感動的な音楽と、美男美女の陶酔感溢れる演技。


幻想的な空間移動を背景に、二人のキスシーンとエンドロールが流れ始めた。




「…………く、


くっだらないよねぇー、やっぱやめとけば良かった!」


私はハッと夢から醒めたように我に返ると、慌ててリモコンでテレビの電源を切った。


「明日、口直しに面白そうなミステリー借りに行こうよ!

今週、チェックしといたやつの新作が3本も出てるよね確か。大上映会だね!

イヤーこんなことならそれを今晩借りとけばよかった、時間の無駄だったね。」


やたらとペラペラ喋る私をテーブル向かいにじっと見ていたクロコダイルは、無言で葉巻の灰を落とした。


帰宅後、一応垂れ流しだけしてみるかと、テレビを後輩女子絶賛の映画のチャンネルに合わせた。

内容は陳腐というか王道というか、まぁこのジャンル飽食の時代にそれだからこそヒットしたのか。


しかし、設定が奇しくも時空を超えた異世界の二人とわかった瞬間から、私はいつの間にか画面に引き込まれていた。

面白かったとかつまらなかったとか、そういった感情とはまた違う、もっとリアルな何かが込み上げてくるのを感じた。


それを悟られたくなくて、誤魔化そうと焦ってしまう。


「まァ、てめェがそう思うならそういう感想なんだろうな。」


大いに馬鹿にするであろうと予想していた意外なクロコダイルの言葉に、私は軽く瞠目した。


「……クロコダイル、こういうの好きなの?」


「別にそういう訳じゃねェが。

ものにもよるが、芝居を観るのは嫌いじゃねェ。」


オペラ座みたいなとこで観劇とか…似合い過ぎるな。

あっちの世界ではそんなとこ行ってんのかな、などと考えてその姿を想像する。


「なかなか身につまされる話だったじゃねェか。」


ニヤリと頬を吊らせてそう言われ、私はグッと言葉に詰まった。


触れなかったデリケートな部分をズケズケと、この男は…!!


「……クロコダイルってやっぱ、デリカシー無いよね。」


私はジントニックの瓶にライムを絞り込みながら、ギロリと睨み顔を向けた。


「ハッ、生憎そんなくだらねェモンは持ち合わせちゃいねェぜ。

なまじあったとしてもてめェ相手にわざわざ使うかよ。」


「なっ、何だと…!?」


恋人からの粗悪な扱いに熱り立ったものの、小馬鹿にしたような表情でブランデーを煽る姿に何かもういいや…と脱力した。



「クロコダイル。」


暫くポリポリと間抜けな音を立てて落花生を食べ続けていた。


ふとその手を止め、ポツリと呟くとクロコダイルは私が持ち帰ったレンタルショップの情報誌から顔を上げた。


「クロコダイルは、何で私を…」


あっちの世界に連れ去らないの?


最後の言葉を声にできず、真っ直ぐな視線にたじろぐように瞳を揺らした。


そうして欲しい訳じゃない。

勿論クロコダイルの気持ちを疑っている訳でも無い。


寧ろ私が覚悟が無いまま攫うことへの配慮であることはわかっている。


だけど向こうの世界に帰って行く度に、もしもう二度と来られなくなったらと不安が付き纏う日々だってある。


クロコダイルは表情を変えること無く、あたかも私が飲み込んだ言葉を耳にしたように答えた。


「俺は、てめェの抜け殻を側に置くつもりは無ェ。」


「…っ、私は…!」


思わず身を乗り出す。


「クロコダイル以上に…、」


大事なものなんて何も無い。

今は、迷わずそう言える。


だけど、行動で示していない以上、私にはそれを口にする権利は無い―



「名無しさん。」


口を噤んで俯いてしまった私が顔を上げると、溜息のような紫煙を吐き出された。


「ゴチャゴチャと要らねェことを考え過ぎだ、てめェは。」


…要らないことなんかじゃない。

ムキになったような色が表れたのか、私の目を見ると僅かに眉をハの字に下げて低く言った。


「…わかってる。」


それでもまだ何かを訴えるような表情の私に、今度は口角を上げると、長い腕を伸ばして私の髪をくしゃりと掻き回した。



「観てェやつが追加された。大上映会とやらのリストに入れとけ。」


そう言って情報誌をトントンと指で示す。


私は一瞬消化不良のような気持ちになったが、クロコダイルと目が合うと、ふっと吐息をつき緊張を解いた。


―この話を突き詰めなきゃいけないのは、今じゃない。



「えー…、

1日4本とかちょっと、無理無い?」


「てめェがいつまでもダラダラ起きねェからだろうが。

朝から叩き起こすからな。」


いつもの皮肉なクロコダイルに、いつもの調子に戻った私。


そう感じたときには、叱咤され散らかした落花生の殻を片付けながら軽口を叩き合っていた。



「ねぇクロコダイルさ、途中で犯人言うのやめてよね!」


「あ?てめェがいつも『誰だと思う?』なんざ聞いてくるからだろうが…!」


今日一番に心外そうな顔をされ、笑いが込み上げてきたが態と顰めっ面をして見せた。


「答えなきゃいいんじゃん!」


「てめェは理不尽も大概にしろよ…」


深刻な場面では冷静に私をしっかりと支えてくれるのに、些細なことにはとても短気な恋人。

冗談の通じない堅物ぶりにとうとう我慢できず吹き出すと、ビキッと音が立つほどの青筋を浮かべた。



「痛っ!

痛い痛い、てか苦しいクロコダイルー!!」


「煩ェ、この俺に我儘なんざ30年早ェ。」


―何なんだその、リアルな数字は。


…もしかして、30年後も一緒に居ようってこと?


ヘッドロックをかけられてもがいている渦中にそんな甘ったるい考えが過ぎった私は、馬鹿にしていた筈の恋愛映画に毒されてしまったのではないかと自分自身に苦笑した。



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