dream■mid_Croco_trip

□double camouflage…?!
1ページ/3ページ





「冗談じゃないです。

絶対嫌です無理です。」


「君が仕事で『無理』という言葉を発するとはね…、

入社以来初めてじゃないか?」


「それは仕事の範疇ではありません!」


私は上司のデスクにダンッと両手を付き、ギロリと睨み上げた。



朝からやたらとにこやかな腹黒上司に呼び立てられ、構えながら出向すると、あろうことか見合いのような話だった。


一ヶ月ほど前、外資系の外国人社長連と、取引に先んじた食事会があった。

その際に先方の社長が私をいたく気に入り、息子に会わせたいと申し出て来たのだという。


「まぁ、今回はそう堅苦しいものじゃあないよ。

先方に招待されてるレセプションで、挨拶という形を取るだけだ。

どのみち、そのパーティには勤務あがりに出席して貰う予定だったんだからね。」


それに出席することに意義は無いが、そんな御膳立て前提の邂逅など軽々しく了承できる筈も無い。

私がムスッと沈黙していると、上司は態とらしく明るい声を出した。



「なにも結果的に約束を結ばなくてもいいんだ。

しかし寧ろそうなっても、君にとっちゃあ困ることは無いだろう。国際結婚、玉の輿だぞ?」


あろうことかこの私を、そんな前近代的な言葉で釣ろうとするとは。


「そんなの狙ってません!

それに、…そうなったら困ります。」


失礼なことに、上司は意外そうに目を丸くして私を凝視した。



「何?

……まさかとは思うが、決まった男がいるのか?」


まさかって何だおい。

そう罵りたいのをグッと堪え、低く応酬する。


「……………居ます。」


「何だって!?

重度の仕事中毒で、見た目だけで中身は色気の欠片も無い君に男が居るのか!?」


こンの糞上司…!

罵倒が咽喉辺りまで込み上げたがしかし、超人的な忍耐力で押し留めた。



「ええ、恐縮ながら。

という訳なので、ご要望に添えず申し訳ありません。」


クロコダイル顔負けの青筋を額に浮かべながら、私は形式張ったお辞儀をするとその場を立ち去ろうとした。


「待ちたまえ。」


冷静な声で呼び止められ、未だ睨みを効かせながら足を止める。


「だったら、先方に断りを入れる理由を提示する必要がある。

…その辺りの理解力は、君ならあると思っているのだが。」


「……。」


哀しいワーカホリック女の性で、それに対して感情的な反論はできなかった。


「あちらの国式のパーティだ。

伴侶や婚約者の同伴は可になっている。」


「……

諸事情があって、彼は参加できません。」


異世界人、顔を横断する傷、あの大きな厳つい風貌。

それに何よりも、どんなに頼み込んだところで絶対に来てくれる筈も無い。



「カモフラージュで構わん。

誰でもいいからパートナーを連れて出席してくれ。」


最大の譲歩だと云わんばかりに話を打ち切られ、私は恨み事を堪えながら重い足取りで自席に帰った。






「クロコダイル、ちょっと…、

お尋ねしたいことがあるのですが。」


「あ?」


その夜、ちょうど昨日から此方に出現したクロコダイルに夕食後、おずおずと声を掛けた。


「改まって何だ、気色悪ィ。」


PCから顔を上げ、怪訝そうに顰められる眉。

初っ端から先を続けにくい、無愛想さ溢れる反応だ。


「パーティーとか………、

好き?」



暫し沈黙が流れたが、ややあってふーっと紫煙が長めに吐き出された。


「そう見えるのか?」


「…ですよね。」


空笑いをして頬を引き攣らせると、仕事の話か、と訊かれ頷く。


「まァあっちの世界にも、ビジネス上のくだらねェパーティなんかはある。

わからんでもないが、エスコートは必須じゃねェだろうが。」


「う、

…うん。」


誘っている本当の理由がどうしても言い出せず、言葉を濁す。


だって私とクロコダイルは、恋人ではあっても婚約者ではない。

ましてや他人にお披露目できるような関係性でもないのだ。


このことで私がクロコダイルの気持を試してるとか、一方的に思い込んでいるとか、重く捉えられたら嫌じゃないか。


「だったら話は終わりだ。

その程度のことで甘ったれんな、自力で乗り切れ。」


「………はい。」


どうやら、単に心細いなどの理由で付き添いを頼んでいると捉えたらしい。

…そんな可愛気のある女じゃあないんだけど。


色んな気持が綯い交ぜになって軽く溜息を吐く。

と、暫くじっと此方の様子を見ていたクロコダイルが不意に、立ち際に私の頭をくしゃりと撫でた。


視線を上げるとすぐに顔を背けられキッチンへと脚を運び、ややあってコーヒーの香りが立ち込めはじめた。


相変わらず甘やかしてはくれないが、そういうぶっきらぼうなところがらしくて好きだな、と思う。


あくまでついでだというように2つ目のコーヒーカップを荒めに置かれた瞬間から、私は笑顔を作った。


―この件は、クロコダイルを煩わせず解決しよう。


そう心に決めた。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ