dream■mid_Croco_trip
□truth or lie?
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「センパイ、遠距離恋愛とかよくできますよねぇ。
私なら絶対ムリー。」
「遠距離…、
…うん。果てしなく遠距離といえば遠距離…だね。」
会社の昼休み、3月最終日のまだ肌寒い屋上。
後輩女子は私の隣でチュルチュルと桃ジュースを啜りながら、大好きな「恋バナ」を持ちかけてきた。
決して性格は合わないのだが、かたや女子に嫌われモテ娘、かたや一匹狼のワーカホリック女。
互いに面倒な交友関係を避けているという共通点があり、自然気まぐれに話し相手になることが多々あった。
「まぁでも、結構な頻度でこっち来るけどね。」
「えーっ、
何ソレ、交通費とかハンパなさそぉなのに!そんなにお金持ちなんですかぁ?!」
「うん…、まぁ…。」
金持ちであることは事実だし、まさか異世界から砂嵐に乗ってくるのでタダだとも説明できず、曖昧に言葉尻を濁す。
暫し、交友関係を紹介しろと煩い玉の輿願望の小娘を無視してカレーパンを齧っていると、ふと探るような流し目をくれてきた。
「でもぉ、遠距離なのにそんなにお金持ちで格好良くて女性経験豊富そうな年上とか、心配にならないんですかぁー?」
「何が?」
「ヤダ、センパイってばどんかーん!
う・わ・き、に決まってるじゃないですかぁー!」
「…へ?」
思わず空になったパンの袋が手から離れる。
それは勢い良く風に乗って飛んでいってしまったが、追いかける間も無かった。
「センパイ、カレの家に行ったことは?」
―ある訳が無い。
無言を肯定と見込んだのか、ひとりうんうんと納得しながら頷いている。
「家は探られないし、浮気しても来る前にお風呂とか入ればいいし、証拠隠滅し放題ですね!」
このアマ、言わせておけば…!とばかりにギロリと睨み付けてやると、小憎らしく得意気に鼻を鳴らされた。
「アンタさぁ、自分がオトコ逃したばっかだから、私に八つ当たりしてない!?」
「えぇー?…バレちゃいましたぁ?」
「…ホンット性格悪…!」
こ奴がバレンタインで二股がバレて人生初の失恋時、図らずもノロケのようなことをしてしまったことを未だに根に持っているのか。
だけどホントに気をつけてくださいよぉー?と、絶対に心配していなさそうな白々しい声色に再度睨みを利かす。
―全く馬鹿馬鹿しい。
そう思いつつも、私はそれからまんまとモヤモヤと灰色の雲がかかった気分で終業を迎えた。
「あ…、来てたんだ。
ただいま…。」
「あァ。」
タイムリーというのか、その日帰宅するとクロコダイルが葉巻を燻らせながら炬燵に座っていた。
もう4月になるからいい加減に仕舞うと言っているのに、余程寒さに弱いのか断固として拒否されていたのだ。
行動も相変わらずで、例の如くネット株の他、PCで色々と情報を見ていたらしい。
「おい、今日は『オーケストラの日』だろうが。
こりゃァ何の行事だ。」
「……何それ。知らんわ。」
「てめェは自分の国の行事も把握してねェのか。」
「いや、それはだね…」
一体何処のサイトに偶然飛んでその情報に行き着いたのか。
異世界人には些か難易度が高いと思いつつも、記念日にはメジャー度があり、訳のわからないマイナーものが殆どだということをなんとか説明した。
「フン、くだらねェ国だな。
ならこの明日の『エイプリールフール』とやらもそうなのか。」
「あ、それはメジャーだよ。」
「…フランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用、これに反発した人々が4月1日を『嘘の新年』とし…」
「うん、ごめん。
それは国民の9割方が微塵も知らないと思う。」
歴史に非常に興味があるらしきクロコダイルは、何につけても由来を調べなければ気が済まない。
質問される事項がほぼ私にもわからないので、物知らず女という謂れのないレッテルを貼られつつあった。
「しかし嘘の日たァよく言ったもんだぜ。
どいつもこいつも普段から嘘なんざごまんと吐いてやがるだろうが。」
「クロコダイルなんか、英雄業なんかやって嘘の塊みたいなとこあるしね、毎日がエイプリールフールだよね!」
「クハハハ、随分な言いようじゃねェか。
まァ否定はしねェ。」
「…はは、やっぱそうだよね…」
軽口を叩きながら一緒になって空笑いしつつ、私はモヤモヤとした暗雲が濃くなっていくのを抑えきれなかった。
―いやいや、なにも私にも嘘を吐いてるという話じゃないでしょ。
自分に突っ込みを入れてみたが、こういったスイッチというのは一度入ってしまうとなかなかリセットできないものだ。
クロコダイルはこの一年、頻繁に来るとはいえ半分以上は向こうで過ごしていた。
女のひとりやふたり、いやそれ以上居てもおかしくないような気にさえなってきた。
「……。」
「…何だ?」
「クロコダイル…、
ここ来る前に、お風呂もう入ってきた…?」
思わず後輩女子の嫌がらせ疑惑発言が口について出る。
急な沈黙、そして唐突な質問を神妙な声で投げかけられクロコダイルは一瞬瞠目したが、どういう訳か次第に口の端を上げていった。
「…今日はやけに性急じゃねェか、名無しさん。
それほど欲求不満だったか。」
「……は?」
ポカンとした私に意味ありげな低い声と、端正な顔がゆっくりと近づく。
「ベッドまで待てねェのか…?」
妖艶な笑み、そして長い武骨な指で顎を持ち上げられ、漸くハッとその意味を悟った。
「…っ!
ち、違うわバカ!
誰がそんな意味で…!!」
大いに慌てふためくと同時に、触れられた顎の下から顔中に熱が立ち昇る。
憎らしい男はその金色の目を細めると、サディスティックに笑いながら立ち上がって風呂場へと向かっていった。
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