dream■short_U
□クライガナ島三師弟記V
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「ゾロ、誕生日おめでとう!」
「…おう。
そういやァそんな日だったな。」
此処は世界一の大剣豪、ジュラキュール・ミホークが居城するクライガナ島。
その二人の弟子、ロロノア・ゾロと名無しさんは、城から少し離れた、薄暗いこの地にしては景観の良い草原の木陰に座っていた。
「ひたすら剣に明け暮れて…、
すっかり忘れちまってたぜ。」
その年齢にしては渋みのある、フッと片頬を上げる軽い笑いを漏らすゾロ。
「え…?
ここ一ヶ月ほど前から毎日、『俺もあと何日で二十歳か。年月が経つのァ早ェぜ…。』とか聞こえるように呟いてたよね?
何日、の部分カウントダウンで。」
「……。」
スッと目を逸らすゾロ。
「まぁいいや、そういう訳で私、プレゼントを用意しましたー!」
「…っ!
お、大仰な奴だな…。
俺ァ…、
お前さえ居れば何も要らねェぜ?」
照れ臭そうな表情から一変、不意に真剣なまなざしで見詰めてくる。
「あ、そう?
なら取り下げます。」
暫し無言で見つめ合っていたが、その言葉に取り出した包みを再び仕舞おうとする。
ゾロはすかさず名無しさんの手首をガシッと掴んだ。
「……オイ待て。
そこァてめェ…、額面通りに受け取るとこか?」
「ええ?何、やっぱ欲しいの?
んもう、紛らわしいなー。
はいっ、じゃあこれ!」
差し出されたそれは、小さなソーイングセット。
「腹巻き、だいぶ破けてるでしょ?
コレで繕いなさい!」
「………、
俺が、か?」
「師匠は多分そういうの、やってくれないと思うよー?」
非常に突っ込みたい処が満載であるが、好意を寄せる名無しさんに貰ったものであるため、大人しく腹巻きの中に収める健気なゾロ。
「それでもやっと入手した品物なんだよ?
何せここ、物流が無い無い!」
「…………そうだな。」
だからといってもっと何か他に無かったのかと思うものの、仕方無く同意をする。
「そういや、師匠からは何か貰ったの?」
「あ?
…何も要らねェから邪魔すんなって約束を貰った。」
「…?
邪魔?」
と、気を取り直したように名無しさんに向き直る。
「てめェは気づいちゃいねェだろうが……、
名無しさん。…俺はお前に惚れてる。」
再度、真剣味を帯びた男前モードになるゾロ。
「や、まぁ…、
流石に気づいてはいるけどね。」
「…っ?!
何…だと…!?
てめェ、いつの間にそれ程の心眼を…」
「いや、
…うん、まぁ何かそれでいいや、もう。」
ボリボリと額を掻く名無しさん。
自爆に気づかぬ為、肩透かしを喰らっている感のあるゾロは、はぐらかされているのかどうかと判断に迷っていると、不意に低い声が響いた。
「初々しいな、若き弟子たちよ。」
「あ、師匠。」
「…っ!
てめェ鷹の目…!!」
ゾロは瞠目すると、こめかみに筋を立て、抜刀しそうな勢いで構えの姿勢を取る。
「俺に構うな、続けよ。」
「何が続けよだてめェ、構うに決まってんだろうが!!
邪魔すんなって約束はどうなったんだ、あァ?!」
「だから続けよと申しているのではないか。」
またも無駄なバトルが展開しそうになった為、名無しさんがいつものように収集を図ろうとする。
「はいはいストップ。
…師匠、何か持って来てるそれ、何?」
ミホークが手にしている紙箱を指し示す。
すると、徐ろに切り株に置かれ、広げられたのはワンホールのデコレーションケーキ。
「…!」
ゾロが一瞬言葉に詰まったように目を見開いた。
「わーっ、これゾロのお祝い?!」
「うむ。
仮にも、我が弟子の生誕祝いであるからな。」
名無しさんは珍しく、乙女らしく両手を組み合わせて感動の意を表す。
「師匠、その意外性カッコイイかも…!」
「フッ、
…俺に惚れ直したか?名無しさん。」
「てめェ、邪な魂胆が見え見えなんだよ!!」
ゾロは途端に表情を一変させ噛み付く。
「まぁまぁ、
とりあえずさ、折角広げたんだし食べようよ。
師匠いつも持ってる小刀…」
だが、言うが早いがスッと取り出されたのはあろうことか、かの黒刀「夜」。
ミホークが精神統一するように目を閉じると、次の瞬間ケーキは、電光石火の速さでスパンと切り株ごと真っ二つにされた。
「!?
名刀の無駄遣いするなァー!!
小刀でいいじゃん、ああっ、ホラもうベトベト…!!」
剣士として当然ともいえる、垂涎の逸品である名刀の有り様に悲鳴を上げる。
「…っ!
糞っ、
認めたかねェが…、やっぱ凄ェ切れ味だ…!」
「いやアンタもそこで感動すな…!
てか、媒体ケーキだからそりゃあね!?」
ゾロの反応に突っ込みを入れるが、尚も歯を食い縛って真面目な顔をしている。
「違ェ…っ!
見ろ、あの勢いで斬りながら、屑ひとつ散らしちゃいねェ…、
これァ入刀角度が…」
何やら薀蓄を語り出したが、興味も沸かず溜息を吐く名無しさん。
「ロロノア、貴様も剣士の端くれであれば、同じ業に挑んでみよ。」
「馬鹿っ、これ以上刀身無駄遣い剣士を増やすな…
って、ああーーー!?」
煽られて闘士に火が吐いたゾロ、三刀流で斬りかかる。
「ク…ッ、
名無しさん、俺の技ァまだまだだ、すまねェ…!」
「…いや、謝る事項が誤ってるから。」
目の前で派手に切り刻まれた為、クリームまみれになり白目を剥く。
「名無しさんにそのようなものを浴びせ、何を想像しているのだ…?
名無しさん、こ奴の正体を見ただろう、今後近づくでないぞ。」
「な…っ?!
何を言いやがるてめェ鷹の目!!
名無しさん、誤解だ信じてくれ…!!」
「…もう最悪それでもいいけどさ…。
着替え持ってきてくれないかな…。」
もはやミホークの変質的発言にも抗う気力を無くす。
「城へ戻り、俺がお前の身を清めてやろう。」
「ふざけんなてめェ!
何が清めるだ、汚すの間違いじゃねェのか、あァ?!」
「…どのようなことを想像しておるのだ?
何と卑猥な男よ。
名無しさん、こ奴には…」
「ああもう面倒臭っ!!
誕生日くらいマトモに過ごせんのかアンタらはー!!」
ついに爆発した名無しさんの声が、岸壁下の海に響き渡る。
マトモに修行がしたいという日々の叫びに加え、特別な日も―
すなわち365日フラストレーションが溜まっていく末弟子であった。
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