居候する事になりました

□二日目
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「いっその事。私達の職場に来ます?」


長々と必要事項を説いていたノボリさんの口から急に出てきた言葉に「は?」と口を開けて固まったのは今から三時間前の事だった

何故そんな短い時間の後に私が解説をしているのかと言うと、拒否権はないです。と言い切られたからです。はい。
なので朝食を作るためにこっそり勤務表を見させて頂いて、丁度良さそうな時間を考えて早起きをした結果です。

鉄道員さんって思っていた以上に大変なんですね
ノボリさんとクダリさんに休みが全くないんですよ
何故そんなに休みが無いのか凄く気になりますけど…労働基準法ってこの世界に無いのかな?
ちょっと上司の顔が見てみたいですよ、部下を殺す気ですか!?って言ってあげたいです
私も一応、部下を持ってましたから…多分。それも相まってでしょうね


もしー………?


眠た眼でボールから出てきたヒトモシに、小さくおはようと挨拶する

冷蔵庫の中にある材料から出来そうな料理を割り出して作り終えた頃、ガチャとクダリさんの部屋からノボリさんが出てきました


「やはり、早くに起きましたか」


ノボリさんが呆れたように肩を下ろし、テーブルの椅子に腰掛けたので珈琲を出す。昨日、ノボリさん自身が作ってた珈琲の匙加減を見ていたから味に問題はない…筈
一口啜ったノボリさんの反応は少し驚いた表情をして更に二度目の呆れた溜め息が返ってきた


「貴女って人は…全く。他人に抜け目は無いのに何故そこまで控え目なんですか?」

「生きていられるだけで十分ですから」

「もっと欲を出せれば良いと思いますよ?」

「滅相も無いです。はい」


テーブルに並べられていく料理にヒトモシは何を思ったのかテーブルを降りて、クダリさんの部屋に入っていった


「碧様の暮らしていた世界はどんな場所でした?」


昨日と同じ席に腰を落ち着けて、ノボリさんの問いに思考を巡らせる

シビアな環境は此処と変わらない。
ただ少なくとも確実に言える言葉はある


「…癒しの少ない世界…かな。ポケモンが居ないけど、似たような動物はいる。
けども、僅かな瞬間に此処までなつく生き物は居ない」


自分用に注いだ珈琲を少し啜る

もっと口を開いたら、気分の悪くなるような言葉が出てしまう
それを防ぐために啜ったのだけど、何故だろう
ジトッとした視線をノボリさんから向けられている気がする

視線を誤魔化すように時計の針に視線を向ける。そろそろクダリさんを起こしに行こう。うんそうしよう

逃げるように席を立ってクダリさんの部屋に入った途端。入口の側から延びてきた手
瞬時にその手を掴んで投げ飛ばす寸での所でハタと気付いた


「…何やってるんですかクダリさん」

「あ、ははは……碧ちゃん気付いてくれてヨカッタ。ね、ヒトモシ」

もしっ…


クダリさんの肩の上でビクビクしているヒトモシを咄嗟に抱き寄せた


「っヒトモシごめんね!条件反射だった悪気は無かった」

もしー

「うん、ごめん。無事で良かった」


ひしっと抱き締めあっている私の頭の上に「あ、手が滑った」と軽く衝撃を食らった。地味に痛い


「ごめん。悪気はある」

「あるんですか」


思わずツッコミを入れるとクダリさんは私とヒトモシを見比べたかと思えば、唇に指を乗せてきた
何をする気?と険しい視線を向けてみると、クダリさんは拗ねたように頬を膨らませて、手をのけた


「ねぇ、僕にも敬語使わないで欲しいんだけどダメかな?ヒトモシだけズルい」

「……は?」

「僕、友達っぽく振る舞ってるのに敬語ばっかり。ヒトモシが羨ましい」

もし!?


まさか自分に矛先を向けられるとは思っていなかったらしく、ヒトモシも吃驚している

けれどクダリさんはそんな事を構わず、私の手を引っ張って壁に追いやり、笑みも変えず私を見下ろした


「クダリさん。私と友達になりたいんですか?」

「うん。そうだよ」

「でも今の此の状況は友達にする行為じゃないですよね」

「そうかもしれないね」

「…自覚あったんですね」

「うん。少しはドキッとして欲しいかなぁなんて思って」

「イタズラ大好きなんですね」

「うん。楽しいの大好き、皆の笑顔も大好き」


ぱっと壁に追いやっていた体勢を戻したクダリさんに少し胸を撫で下ろした

あれ以上何かしようものなら、大事な部分を不能にさせる所だったなんて言えない

けれど、クダリさんが言っている言葉は多分本心
でも恩人に敬語を使うなとはまた難しい問題…だけど其が恩人の願いなら


「……朝御飯、ノボリ兄さん待ってるよね。早く行こうか」


手を繋いできたクダリさんに、言いにくいのを我慢しながら頷き返した


「……そうだねクダリさん」

「碧ちゃん…!」


ぱぁああっと満面の笑顔を浮かばせたクダリさんは「さんも除けてよ!」と頼んできた
けれど今はそれ以上譲歩は出来ない為、笑顔で「却下」と返して部屋を後にした


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