FF6 短編2

□おかゆいところはございませんか?
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 翌朝、セッツァーが朝食のためにやや遅く食堂スペースに向かうと、朝の早い件の二人は当然既に起きていて、こちらを見るやいなや、おはようと挨拶してきた。まるで何もやましいことはないとでも言わんばかりの顔に、イヤミすら出てこない。
「おい、……マッシュ」
「おう?なんだよ」
 セッツァーから呼ばれて、マッシュはきょとんとして振り返った。暑苦しい見た目ではあるがなんとも無害そうな顔をしていて、一周回って驚いてしまう。
「今日は寝不足なんじゃないのか」
「?いや、別に……なんでだ?」
 マッシュは小首を傾げて、パンをかじった。筋肉ダルマがそんな挙動をしても可愛くもなんともないのだが。
「……化け物みたいな体力だな」
「なんだ?藪から棒に……まさか羨ましいのか?」
 ハハハ、とカラリと笑ったマッシュに、セッツァーは今までにないほど顔を歪めてしまう。なんてやつだ、と言葉にならなかった。
「とんでもねえな。それがフィガロの血統かい」
「うーん?案外そうかもな。兄貴も鍛えた分、身体になってるし……言われてみりゃ、昔の親父もわりとそうだったかもしれない」
「真面目に答えるなよ……」
 呆れながら、傍らのセリスの方を見やる。こっちこそ嘘はつけない質だろうと、意味ありげな視線をじっと投げつけてみる。
「な、何よ」
 やはりセリスの方には、セッツァーの言動にほんの少し思い当たる節があるように見えた。まるでなにもやましい事実はなかったと、そう見せかけている雰囲気がある。賭博師相手に嘘をつこうとは片腹痛いものだが、そういう無謀な度胸があるのがセリスという女の魅力でもあった。
 なんとなく居心地悪そうに肩を竦めてパンをかじるその姿は、筋肉ダルマのそれとは程遠い。
(グッと来るな。……いや、そういうことじゃなく)
「よし。セリス、あとで俺の部屋に来い。少し頼みたいことがある」
「えっ?それは構わないけど……」
 やや嫌そうな顔を覗かせたあたり、セリスを突けば話はわかるだろう。
 まず流れには勝ったなと、セッツァーもとりあえず薄めにスライスしたパンをかじった。


「で、頼み事なんだが」
 船長室は一際広く、豪奢な内装を施されている。それは前の持ち主の趣味であってセッツァーの趣味ではなかったが、それに包まれて過ごすというのも悪くはないと、ほとんどそのままにしていた。赤いベルベットのクロスが掛かったテーブルの上に足を乗せて、セッツァーは目の前に立つセリスを見上げて言った。
「深夜に物音を立て過ぎるのは控えてほしいという話だ」
 感情を乗せずにそう言ってみると、セリスは途端にハッとして、セッツァーを見つめた。
(……んん?なんだ?)
 その表情に浮かぶものは、しかしセッツァーが予期していたようなものではない。照れとかそういうものではなく、ただただ、申し訳なさそうな表情だった。
「ご、ごめんなさい……もしかして、気がついていた……?」
「ああ。……」
「そうよね、最近頻繁にお願いしていたし……」
「頻繁?お願い?」
(まさか、本当にセリスからねだってるのか?!)
 セッツァーの方こそ年甲斐もなく赤面しそうになるところだったが、セリスはしゅんとして肩を寄せて俯く。
「そう、マッシュに……だって気持ちいいんだもの、」
 ごく、とセッツァーは息を呑む。はあ、とどこか色っぽい悩ましい吐息と共に、セリスは白状した。
「……マッシュのマッサージ」
「はァ?」
「セッツァーだって頼みたかったわよね……私ばっかり申し訳ない……」
(別に頼みたくはないが……)
 思わぬ告白に、セッツァーはもはやポーズを崩せなくなってしまって、謝るセリスを片手を上げて制してやった。
「そんなことは構わん。ただその、夜間にうるさいのはな」
「……そうよね。でもつい出ちゃうものだから……」
 うーん、とセリスは困った顔で手のひらを頬に添える。実際困ってはいるのかもしれない。
「セッツァー……」
「なんだ?」
「解決策を考えてほしいのだけど」
「おい。言っておくが、俺はおまえ専属の便利屋じゃないんだぞ」
「でもセッツァーも困ってる、私も困ってる。それなら一緒に考えた方がいいわよね……?」
 セリスの豪胆なところは、こうやって人を巻き込むところだ。このエネルギーがあってこそ、この飛空艇にはこれだけの仲間が集っている。しかし、なんとなくセッツァーにだけは容赦がない気もする。
「……わかったわかった、そんな目で見るのを止めろ」
「ああ良かった、セッツァーありがとう!」
 白磁のような手でセッツァーの手のひらを包みこみ、無邪気にぎゅうと握って笑うセリスに、セッツァーはもう跳ね返せるわけなどなかった。
「しかし、解決策もなにも……マッサージを我慢するか声出すのを我慢するかしかないんじゃないか」
「言わせてもらうけど……それが出来たら苦労しないわよ」
「自信気に言うんじゃない」
「あなたはあれを受けたことがないからそんなことを言えるんだわ」
 変な汗がセッツァーの背中を伝う。
(この流れはまずい……)
「いや、経験の有無は無関係だ。とにかく……」
「いいえ。関係ある」
 きっぱり言い切られてしまい、攻め方を変えなくてはならない。
「……そもそも、いつからやってるんだ。コーリンゲンで会った時よりも前か?」
「そうね。旅の中で、つらそうな老人にしてあげているのを見て……魔法でもないのにそういう技術ってすごいじゃない?それで、やってもらいたい気持ち半分、教えてほしい気持ち半分で頼んでみて……最初はダメって断られたんだけど」
(随分粘ったんだろうな……あいつが一番苦労したな、これは……)
 セッツァーはありありと、その様を想像できた。マッシュが断った理由もセリスにはわからないだろう。
「教えるのは難しいけど、たまにするのなら構わないって……」
「甘い男だなぁ相変わらず……」
 セリスに技術など教えたら、誰彼構わずやりに行くに違いないし、それが悪い人間相手だったとしたら、どういう目に遭わせられるか。どういう誤解を生む行為なのか、セリスには推し量るための知識も経験もない。
「何か盗めるものがないかなって毎回思うんだけど……身悶えてるうちに終わってしまうのよね……私って単純すぎるわ」
(単純と言うか、真面目というか、世間知らずというか……)
 良くも悪くも旅の最中もあのでかい男が脇にいたおかげで、そういう悪意を直接浴びなかったのだろう。セッツァーは特大にため息をつく。
「それにこんなこと、セッツァーに言っても仕方ないけれど、もはや技を盗みたくて頼んでいるのか、自分がただ受けたくて頼んでいるのか、もう自分でもよくわからないのよね……」
「本末転倒だな……やっぱり我慢するしかないんじゃあねえのかい」
「……そうよね。話していたら、それが正しい気がしてきたわ」
 ううん、とセリスは形の良い唇を歪める。こんなにも擦れていないまま、この世界にいられる女はセリスくらいしかいないのかもしれない。が、それを本人が自覚する日は来ないのかもしれない。
「……よし、わかった。とりあえずマッシュのやつを呼んできてくれ。そしたらセリスはもう行っていい」
 ここはもう、腹を割って話すしかないだろう、とセッツァーは天を仰いだ。
 (何故、俺が……) 
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