*book*

□▽不可思議な気持ちとその答え
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「ねえ、」



私はおもむろに彼に声とかけた。
別に声をかけた理由なんてなにもないのだ。
ただ、なんとなく目の前にいる彼になんとなく話しかけてみたくなった。という話なのである。



「....ん。」


眠たそうな彼の声。また夜更かしでもしたのだろう。



「ねえ、どうやったら人を好きになれると思う?」


私はふと疑問に思ったことを口に出した。
私は人の好きになり方が分からない。正確に言えば人の好きになり方を忘れた。と言ったほうが正しいのかもしれない。
もう何年も人を好きになっていない。いや、私には人を好きになるなんてもう無理なんじゃないだろうか、なんてことも考え始めてきている。


「好きって、色々かたちがあんじゃねーの?」

「かたち?」

「そう。かたちだよ。かたち」

「かたちって、形?」

「いいや、違うね。かたちだよ。」

「どう違うのよ」

「たとえばさ、」



そう言うと彼は私のほうをゆっくりと見た。
彼の長い睫毛とたれ目の大きな瞳が私を捕らえている。なんだか不思議な気分だ。


「たとえば、真綾は家族のこと好きか?」

「ええ、もちろん好きよ。みんな大切だもの」

「じゃあ、友達のことは好きか?」

「ええ、それももちろんよ。」

「真綾の中にはたくさんの好きの形があるんだよ。その好きの形はさ、それぞれ違っても誰かを好きってかたちには違いないだろ」

「.....難しくてよくわからないわ。」

「んー。じゃあ、俺のことは好きか?」




「え。」




突然の質問に私の思考回路は一瞬ストップした。
もちろん彼のことも好きだ。でもそれは友達としての好きなのか、それとも恋愛感情としての好きなのか。むしろ、恋愛感情の好きと友達の好きとは何が違うのだろう。
一緒ではいけないのだろうか。
なんてことを私は考えた。



少しの間のあと私は答えた。
でも、相変わらずまっすぐ私の瞳を捕らえる彼の視線には不思議なものを感じる。



「奏多のことも、もちろん好きよ。でもそれは友達としての好きなのか。恋としての好きなのかなんてわからないの」

「ねえ、真綾。」

「なあに、奏多」

「俺がいつ俺のこと恋愛として好きか?って真綾に聞いた?」

「え。」



たしかにそういえば、奏多は私に「俺のことは好きなのか?」と聞いたのだ。
私はただ、奏多の質問に答えたつもりだった。
でも無意識のうちに彼のことを意識していたのだろうか、
これでまた謎が増えてしまった。



「真綾は俺のこと好きなんでしょ」

「......えぇ。たしかに好きよ。」


「じゃあさ、真綾は俺のなにが好きなの」


そう言うと奏多はじりじりと私の傍に近付いてきた。
ああ、距離が狭まっていく。なんだかこれ以上近付いてはいけないような気がするのに、近付いてみたいと思ってしまう自分がいる。


「なにって言われても答えに困っちゃうわ....。でもとくになにがあるって訳じゃないけど奏多のこと好きよ」

「じゃあ、今まで好きになった人はどんなところが好きだったの」


にっこりと笑って私に問いかける彼
けして開けてはいけない私のパンドラの箱。何十にも鎖で縛って鍵をかけているはずなのにこうも簡単に侵入されてしまう


「そんなの今関係ないじゃない」

「関係あるよ。だって真綾はどうやって人を好きになるか知りたいんでしょう」

「そう、なんだけど、なんで昔のことが必要なのよ」

「それはさ、」

「なによ」

「真綾が無意識に目をそらしてるから好きってなにか分からないんじゃないかな。だって真綾は現に友達や家族のことは好きだろう。でもその好きは恋愛としての好きとは違うかたちだろう。じゃあ、今まで好きになった人のかたちはどうなんだい。そのかたちと一緒なのかい、それとも無意識に目をそらそうとしているんじゃないの」


「ちがう、ちがうわ....!!!!!!!私は目をそらしてなんかいない。ちがうの。ちがうのよ!!!!!!!!」

「なにが違うの?ほんとうは分かってるだろう」

「さっきから何が言いたいのよ」

「それは真綾が一番良く分かってるんじゃないかな」

「..........わからないわ。なんにもわからないわよ!!!!!!だからこうして聞いてるんじゃない!!!!どうしてそんなこと言うの。どうして、ねえ、どうしてよ.....」


「.......そうだなあ、俺はさ、真綾に自分の気持ちに嘘吐いて欲しくないだけなんだよ」

「嘘......?」

「そう。無理に誰かを好きになろうとしたり、無理に思い出を忘れようとしたり、でもそれってさ、一時的には効果あるかもしれないけど解決はしないでしょ」

「わたしは」

「真綾は優しいから、ね。もっと自分の気持ちに素直になってみなよ。自分の心に素直になってみなよ。そうすればきっと答えが見つかると思うよ」

「わたしは優しくなんかない」

「優しいよ、真綾は。だってもし俺がここで真綾を抱きしめて俺が忘れさせてやるから昔のことなんて全部忘れろよ。って迫っても何も言わないだろ」

「.......言わないけど」

「それはなんで」

「だって、私なんかのためにそう言ってくれてる人の気持ちを無下にはできないわよ」

「そういうところが優しすぎるって言ってんの俺は」




さっきよりも彼は優しく微笑んだ。
この笑顔はなんだか温かい。安心するなにかがある。
二人の距離は近いようで遠い。
でもその距離が私にとって心地いいのかもしれない。



「.......やっぱりわからないわ」


「わからなくていいんだよ。きっといつか真綾の中で整理がつく日がくるよ。『好きな人』『忘れられない思い出』の箱から『好きだった、人』『大切な思い出』の箱に変わる日がきっとくるよ。だから今は焦らなくていいんじゃないかな」

「箱.....?」

「そう、箱。思い出の箱ってあると俺は思うんだよね。人はさ、色んな人と関わって色んな思い出を作ってそれぞれ箱にしまうんだよ。大切な思い出。嬉しかった思い出。悲しかった思い出、とかね。」

「しまってどうするの...?」

「嬉しかった思い出とかってたまに思い出してみたくなるだろ。ああ、あんなこともあったなあ、って嬉しくなったりさ」

「そうね、たしかに嬉しくなる。思い出すだけで楽しい気持ちになれるわ」

「でも悲しい思い出や辛い思い出は思い出すのも嫌になるだろ。思い出したくないから思い出さないように人は忘れようとするんだよ。無意識のうちに。でもどんなに忘れようとしてもその思い出は消えない。消えてはくれないんだよ。」

「........」








「だって、その思い出だって楽しかった思い出が詰まっているだろう」










そう言うと彼は悲しそうに微笑んだ。
あんな表情もするんだ、あんな風に切なそうな表情もするんだ、
彼の過去に何があったのだろう。私と同じように何かあったのかもしれない
それを聞きたいようで、なんだかでも聞いちゃいけないような不思議な気持ち





「そうね、......だから忘れられないのかもしれないわ。」





無理に忘れようとしても、他の人を好きになろうとしても、
私の脳裏から彼の記憶が消えることはなかった。
いや、消したくなかったのかもしれない。だから無意識に見ないよう。記憶に触れないようにしていたのかもしれない。




「ね。答えは見つかっただろう」

「.......やっぱりわからないわ」




私は弱々しく微笑んだ。
たしかに分からないのだ。彼の質問は私には難しい。
けれどなんだか嫌じゃない。わからなくても嫌じゃない。


「ねえ、奏多。人間ってやっぱり難しいわね」

「難しいから、好きになれるんだろう」


「.......そうかもしれないわね」




ああ、また一つ謎が増えてしまった。せっかく謎を解こうと思っていたのに。
でも私はなんだかすっきりしていた。そんな気がした。
相変わらず彼との距離は近くて遠くて、私と彼の気持ちも近くて遠いような気がする。


でも、今はそれでいい。
この距離が私にとって心地の良いものであるには違いないのだから。












好きの『かたち』と二人の距離
▽不可思議な気持ちとその答え












▽あとがき***
今回はもうなんだかもやもやする管理人の思い出ともやもや感MAXな女の子の気持ちをイメージしながら書きました。
好きってかたちに名前をつけられたら良いのに。みたいな切ない気持ちと、近くて遠いような距離感を書きたかったです!!!!!!!(号泣)

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