novel0.5

□#8 少女は、お熱いのがお好き。
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この部屋には、時計がある。

人間の少女が望んだ通り、文字盤に数字を刻み、針を三本持つ機械を、机に小さな物を一つ、
大きな物を壁に一つ。


カチ、カチ、カチ、
コチ、コチ、コチ。


少女が望んだ通り。

この白い無機質な部屋に、時間を創った。


彼は、彼女の世話係だから。




今は、入浴の時間。


彼は、部屋のソファーに腰かけ、待っている。


時計が二つ、
人ではない男が一人。



針の音のみが響いていた部屋に、突如として少女の声が響き渡った。


「ウルキオラさーん!」

彼は、閉じていた目を開き、ため息をつきながら立ち上がった。

「ウルキオラさーん!
来てくださーい!」


一体何なんだあの女。


浴室に向かうと、半透明のガラスの向こうに、少女の姿が動いていた。

「――何だ、女」

「あの、なんかお水が…

熱いお湯が出ないんです、冷たい水しか…」


戸惑ったような彼女の声。


つくづく、人間という生き物は。


彼は、またため息を一つ、
次いで浴室のガラス扉を開け放った。

「え?…きゃぁぁあああ?!」


…何故、こうまで叫ぶんだこの女は。


「ちょ、ちょっと、何で開けるんですか…!」

あたふたと、浴室の壁に掛けていたタオルを体に巻きつける彼女。

「お前が呼んだからだ」

そう言って、浴室に一歩足を入れた。

「は、入るんですか!」

「入らなければ、問題を解決できない」

「そうですけど…」


いや、でもですね…

などと顔を真っ赤にして何やら言っている女。

どうやら、人間の持つ「羞恥心」とやららしい。

人間の女は、特にそれが在るのだと市丸様が仰っていた。


浴室の壁に取り付けられているシャワーを調べてみる。
ノズルも見てみるが、特に何も問題は無いようだ。


「ど、どうでしょう…」

背後から、女の声。

俺は、振り向かずに応えた。

「…特に何も、問題は無いように思われるが…

――お前、壊したのではないだろうな?」

「あ、あたし蛇口ひねるしかしてません!」


では、一体何が…

もう一度、女が触れたという蛇口を見てみる。

「――!…」

「どうでしょう?…」


全く、人間という奴は。


「…熱い水が出る方に、切り替えられていない」

「えっ?!」


俺は立ち上がり、浴室から出ようとした。


「あ、あのありがとうございまし…っあつっ!」

女の慌てた声に振り返った俺に、熱い水がかかった。


「キャー!?」

――本当に何なんだ、この女。

「すみません!、蛇口ひねったらシャワー出ちゃって…」

びしょ濡れの女が言う。

「…水を止めろ」

俺の死覇装の裾と袖口は、既に濡れていた。


手にかかる水が、熱い。

「おい」

「はっ?!すみません、すぐに止めま」

「お前は、この熱い湯を浴びるつもりだったのか」

「へっ?」


壁の、女や俺の頭より高い位置にあるシャワーは、その無数の穴から滝のように湯を吐き出していた。


「…あたし、熱い方が、好きなんです」

「……」

「熱いお湯の方が、体がキレイになる気がして…」

「……あっ、ウルキオラさんは熱いのダメですか?!
すみません、もう止めますねっ!」

蛇口をひねろうと女が床にかがんだ。


橙色の髪が、濡れてその色を濃くしていた。

浴室内には湯気が立ち込め、白い霧の中にいるようだ。

――熱い方が、好きなんです。

熱した水で、身が清められるような気がするのだと、この女は言った。

――どうせ、浴室を出ればまた拭って汚れる体だというのに?


キュッ、と蛇口の音。


「ふーっ、すみませんでしたウルキオラさん、呼んじゃって。

もう大丈夫です!」

くるりと、再び振り返った女。

そうだ、この女は今から身を清めるのだった。

「いちいち騒ぐな」

俺はそう言って浴室の扉に手をかけた。


「あはは、…すみません…っあ!」

女の声に、今度は何だと振り返る。

「あっ、だめー!!」

体に巻いていたタオルが床に落ち、裸になった女が叫んだ。




『少女は、お熱いのがお好き。』




(騒ぐなと言ったのに…)

(うぅ…ハダカ見られちゃったよ…)




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