波間の幻想

□ ◆『ボーイフレンド』
1ページ/1ページ






「早く逢って言いたい」






「はっ、はっ、はっ、」

転びそうになりながら走る。

「はっ、はっ、…」


早く、早く、速く。


彼に会いたい、会いたくて、一秒でも早く会いたくて走る。


もう、着いてるかな、
待ち合わせの場所に。



「はっ、あっ、ついたぁ……!」


会いたくて走ってきちゃったけど、これじゃカッコ悪いかなぁ…?

あたしは、公園のベンチにとりあえずカバンを置いて、少し乱れてしまった髪の毛を手で直す。


「よかった、まだ来てないみたい…」

辺りを見回して、ほっと息をつく。

待たせちゃうのは申し訳ないし、相手が誰でも、自分が先について待っていたかった。

「これは、ウサギとカメなのかなぁ…」

うーん、ウルキオラなら確かにウサギっぽいかも!

あたしはカメ?
…可愛くないけど…

いや、でもあたしは走ってきたからウサギ?


「あれぇー、どうなんだろう?」


どうでもいいことでも、真剣に考え込んでしまう。


「いやいや…こんなウサギだとかカメだとかはどうでもいいぞ、織姫!」

「ウサギとカメが何だと?」

「ぴゃあ?!」


一人でツッコミを入れていると、いつの間にかあたしの後ろにウルキオラが立っていた。

「ウルキオラ!
今来たの?」

「…あぁ。
待たせたか?」

「ううん!全然!」



公園に、他に人はいないみたい。

学校が終わってから、お互いの用事を済ませて学校から近いこの公園で待ち合わせ。

だから、あたしもウルキオラも制服のまま。

「やっぱり、着替えた方がよかったかなぁ?」

「俺は別に…構わない」


ネクタイを少し緩めながらウルキオラが言う。


あぁー、なんでだろう、さっきから心臓が落ち着かないよ。


「――…」

ん?

「ウルキオラ?」

ウルキオラが、空を見上げている。

「なに?」

「…雨が、降りそうだ」

「えっ?あっ、そういえば、テレビで言ってたかもだ!!」

「どうするんだ」


えー?、あたしが決めるの?

「ぬ、濡れるとだめだよ、どこか…」

とか言ってたら、おでこに、雫が落ちた感触。

「わっ、降ってきた?」

慌てているあたしをよそに、普段から準備がいいウルキオラは、カバンから折りたたみ傘を出して広げていた。

「わぁ、ウルキオラ準備ばんたーん!」
「…早く入れ」



二人並んで歩く。

傘をさして、公園を出て、
雨はもう完全に降りだしていた。


「よかったね、傘があって…
ありがとう、ウルキオラ…」

「…あぁ…」


あれー、心臓、ますます落ち着かない。

何か言いたいんだけど、
言いたいことあったと思うんだけど…

だからあんなに走ったのに…?


「う、ウルキオラ!」
「…何だ?」

うわ、なんだっけ。

「あ、あの、その…」


どうしようどうしよう…


雨の粒が落ちていくのが目に入って、その速さに焦ってしまう。

(あ〜、ヘンって思われちゃうよー!)


ぐるぐる考えて、
閉じたり開けたりしていたあたしの唇に、何かが触れた。

「…っえっ?」

思わず指で触って、確かめる。

キ、ス。
キス?


「ウルキオラ?!」

「何か言いたげだったからな。

思い出せるように、思考を醒ましてやった」

「し、思考を…?」


ウルキオラさん、それは…

「逆効果、ですよぅ…」


ぷにぷにと唇を押さえながら、そんなことを言いながら、
同じ傘の下、同じスピードで歩く。


「あれ」

いつのまにか、あたしとウルキオラの家の近く。


「濡れては、いけないからな」

前を向いたままの彼。



何が言いたかったのか、なんて、もういいや。

ウルキオラに、会いたかった。

それだけ。

迷いこんでいた思考の迷路。

彼からのキスを確かめながら、今、脱け出せた。




(でもねぇ、いきなりのキスはびっくりするからダメだよー)
(お前が口をぱくぱくと動かして黙っているから、しただけだ)
(!…あたし鯉じゃないもん…)
(無意識の、思考だな)
(し、思考多いですな…)





,,

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ