奏音―カノン―
□奏音―カノン― H
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ソンミンの姿が見えない。
一晩中降り続いた雨の雫がぽたぽたと葉から落ちる朝も、しっとりとした水気を含んだ夜も
そこにいるはずのソンミンが居ない。
あの時
『もしも逢うことが出来なかったなら、その時はその時』
逢えなかったら、それまでのこと
そう思ったのは自分なのに
いざ姿が見えなくなると、なんとも説明のつかない気持ちが行き場を無くして宙を彷徨う。
あの人とは、どうなったのだろう―――・・・
このまま戻らないのだろうか
『迎えに来た』そう言ったあの人と
一緒に行くのだろうか
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
すっきりしない気持ちを抱えたまま、オーナーの目を避けるようにしてキュヒョンはホールに立っていた。
こんな時に歌のリクエストが入らなければ良いけれど・・・
今の自分には表現しきれる自信が無い
そう溜め息をつきながらふと店の入り口を見る。
なんだ―――?
揉めてるのか?
あんな出入口で迷惑な・・・入るのが嫌ならさっさと帰れよ
キュヒョンは舌打ちをしながら近付き、制するように声を掛けた。
「お客様、他のお客様もいらっしゃいますので、どうか・・・!!」
そう言い掛けたキュヒョンの前に居たのは、東洋人と思われる中年男性と
「ソ、ンミン・・さん・・・」
「なんだ、ソンミン。知り合いなのか?じゃあいいじゃないか。ここで」
「いえ、そういう訳じゃ・・・やっぱり別のお店に行きま、」
「ソンミン、あまり困らせるな」
男が少しだけ語気を強めて言えば、ソンミンは黙って俯き手を引かれ席へと案内されて行った。
なんなんだ、あの男は・・・・
ただならぬ雰囲気にキュヒョンは気になって仕方がない。
忙しなくホールの中を動く合間に、二人が居るテーブルに目線をやると、その男がソンミンの顔を撫でているのが見えた。
触るな―――!!!!
咄嗟に口をついて出ようとした言葉をどうにか飲み込み、キュヒョンは自分の口元を押さえ愕然とした。
それは
ソンミンに触れた男への嫌悪感であり
怒りであり
誰にも触れて欲しくない
どこにも行って欲しくない
紛れもなく、ソンミンへの独占欲で―――
ソンミンに対しての、言い訳出来ない自分の気持ちにキュヒョンが気付いた瞬間だった。
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