奏音―カノン―
□奏音―カノン― E
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朝の公園は土と草木の匂いがする。
この公園のこの場所は通りからも離れていて、車の音や街の喧騒などもほとんど聞こえない。
鼻を擽る匂いと、鳥たちの囀り、時々跳ねる川の流れる音
晴れている時は穏やかで柔らかい空気の中で、雨が降っていれば雨音が奏でる優しい音の中で目が覚める。
ホテルなどに泊まれば安全で便利でも、そうするとこういった感覚に訴えるものが少なくなっていく。
それはソンミンの望むことではなかったし、自分の五感すべてで感じることを何より大切にしているソンミンにとっては、今のスタイルは最高の贅沢でもあった。
冬が更に深くなっていくことを告げる、大きく吸い込むと気管を刺激するような冷たい空気がソンミンを包む。
目を閉じれば、頭の中に描きたい絵のイメージが鮮やかに広がった。
「おはよう」
「おはようございます」
「はいこれ。朝メシ、食おう」
ソンミンは思う。
何度自分の分は払うと言っても金を受け取らず、毎日毎日通ってくる疎ましい存在でしかなかったこの男も、こうしてよく分からないまま縁が切れないということは
何かしら自分にとって吸収するものがこの男にあるのだろうか
互いの人生にひとつも共通点がなく、接点もない
自分とは真逆と言ってもいいほど、生き方も性格も違う
それでも自分の絵を、あの青を好きだと言った
この男から自分は何かを感じるのだろうか
だとしたら、何を感じとるのだろう
「今日はレ・ショーなんとかってヤツにした」
「なんとかって・・シロップ入りのミルク?」
「あぁ、そう。それ」
ソンミンの微笑みにキュヒョンもつられる。
火傷しないように注意深くカップに口を付けようとするソンミンの様子に、キュヒョンは更に口端を上げた。
「甘過ぎないの?」
「美味しいよ。これ好きなんだ」
「じゃあ良かった。また買ってくる」
「ありがとう」
一緒に朝食を食べるようになり、10日が過ぎる頃、ぎこちなかった二人の間にもほんの少しずつ温度が通うようになった。
『ミニ』
そう呼んだ時のソンミンの顔がキュヒョンの頭を掠め、そう呼んだキュヒョンの声がソンミンの耳の奥を掠める。
けれど、そのことを口にすることは無かった。
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