奏音―カノン―
□奏音―カノン― A
1ページ/4ページ
今日も歌を聞かせた。
リクエストに応えたら、優しそうな笑顔をした初老の夫婦が、お礼だと言って小さな花束をくれた。
充実はしている
やりがいもある
でも、何かが足りない気がする
きっと疲れているんだな
キュヒョンはメトロに揺られながら、窓に映る自分の顔を見つめていた。
早く話を纏めて韓国へ帰りたい
こんなことを思う自分は、柄にもなくホームシックにかかっているのかもしれない
あの男のせいだ―――――
礼儀の国の人間とは思えないあの態度
とんでもない奴だったけど久しぶりに話した自分の国の言葉
それが俺をホームシックにさせたに違いない
キュヒョンは今日の1日の出来事を思い返し、軽くため息をついた。
まだ小雨の降る中、公園に差し掛かる。
傘を持っていなかったため、最短距離で帰ろうと近道をして木々の間を通り抜けようとした時、視界の端に大きな塊が入った。
毛布?
浮浪者か何かか?
そう思ったキュヒョンの目に見覚えのあるものが映る。
あのイーゼルは…
まさか…
近付くキュヒョンの足音に気付いたのか、その塊がゆっくり動く。
毛布の隙間から窺うような目でキュヒョンを見上げたのは
韓国人で、少年のようで、無礼で、気楽な
あの男だった。
「…な…何…してんの?こんな所で…」
キュヒョンは思わず声を掛けた。
「………」
「まさか…宿、無いの?毎日ここで?」
「……」
「危ないよ」
「…大丈夫です…」
あまりに自分を警戒する男の態度に、キュヒョンは大きく息を吐き出した。
.