◆a la carte◆

□ピアニシモ
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久しぶりのお客さんを前にしての仕事。
それも生配信という、慣れないもので。
舞台なら、観客の顔や反応を、キャストの息遣い、熱量を感じられるけれど。
それが出来ない、居るのに居ない、居ないのに居る「今」のカタチ。

なるほど、こういう感じになるのかと興味深く、きみの仕事に見入った。





「お風呂、入って来たら?さっぱりするよ」

ぼくの背中に張り付いているきみに言う。
帰って来てからずっとこう。





幕がない。
衣装もない。
メイクというメイクもない。
ガヤガヤと賑わい、食べ物や届けられた花の香りのする楽屋もない。

そんな仕事だった彼は、まだ役を降り切れてないまま帰って来た。
憑依型、と呼ばれる所以。
深く深く役に入り込む彼にとって、幕が下りることは勿論、衣装もメイクも楽屋も、キャストやスタッフとの何気ない挨拶も、全部必要なのだ。




「一緒に入ろうか。ぼくが元美容師のテクを駆使して頭洗ってあげるよ」
「...うん」



いつもはきみが世話を焼いてくれるけど。
今日はぼくが甘やかしてあげたい。
暗い場所にいる孤独な少年から、明るい場所で愛されてるきみへ。




きみの好きな香りがするシャンプーを手に取って、整えてあった髪の毛を泡だらけで洗う。
丁寧に、優しく、大切に。
ぼくの気持ちが伝わるように。




「おかえり」
「ん。ただいま」
「ぼくはいつもきみの傍にいるよ。いつでもこうやって頭洗ってあげる」
「うん」
「きみのことを見てるし、消えたりしない」
「うん」
「消えろって言われても消えないんだよ」
「うん」
「怖くない?ストーカーじゃない?ヤバイよね」
「なんじゃそりゃ」

やっと笑った。





「あの少年は、その後どうやって生きていくんだろうな」
「うん。見てる側にそう思わせる、きみらしいお芝居だったよ」
「そうかな」



今日はちょっと良いトリートメントを使って、その洗いあがりの手触りに満足する。
するすると綺麗に流れるきみの黒髪と、僕を映す綺麗な黒い瞳。


「ぼくがちゃんと映ってる」
「綺麗だな」
「綺麗なのはきみだよ。でも嬉しいからもっと言ってみて」
「好きだ」


帰って来たぼくのきみ。

「おかえり」
「ただいま」

って。
きみの今日の仕事が終わった。




「まぁリモートじゃないのは大きいけど、でもきみは全然引き摺って帰って来ないよね」
「そうだねぇ。無いかなぁ」
「きみだって憑依型じゃん」
「でも、時間遡行軍とか連れて来ちゃったらイヤでしょ、きみ。部屋の中でバシバシ斬ってさ。それに信長さんの自刃手助けしてるからね、ぼく」
「確かに...それは嫌だな...複雑」
「良きかな良きかなって笑ってられないよ」




ぼくはね、衣装脱いでメイク落とした瞬間からまずきみのこと考えるんだ


だからだよ




そう笑ったら、裸のまま抱きしめられた。



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