◆a la carte◆

□Happy Birthday!
1ページ/1ページ





誕生日は、直接伝えたいって思った。
こんな時だけど。
電話やLINE、そんなんじゃなくて。
顔を見て、声を届けて。

俺じゃなくて、きみの誕生日なのに。
俺がそうしたい、って。

でもきみは、怒るかな。
『ダメでしょう。そういうの。ぼくたちは人一倍気をつけないと。特に今は業界みんなに迷惑かけちゃうからね』
普段はふにゃふにゃ笑ってるけど、頑固。
舞台に関しては誰より熱くて真面目。

俺だってそうだけど。
そうなんだけど。




そんなことを考えながら、もうきみのマンションの前に来てた。
あぁ、もう日付が変わってしまった。
今年はもう1番最初のおめでとうじゃないかもしれない。

『ありがとう!』

今までは直接でも、電話でも、その笑顔が見えていたのに。

なんで俺は、何も出来ないままここに立っているんだろう。






「あれ?」

聞き覚えのある声に振り返ると、ずっとずっと考えてたきみ本人。

「あ、だめ。近付いたらだめだよ。そこにいて」

吸い寄せられるようにフラフラと歩み寄ろうとした俺を、両手で制す。

「どうしたの?あ、もしかしてぼくに会いに来てくれたとか?」
「う、ん...誕生日だから...」
「今、走って来たんだ」
「そう、そうなんだ」
「うん」

ちょっと会ってなかっただけなのに。
久しぶりに会えたのに。
体もココロも、うまく距離をとれない。


「早く、元に戻るための生活が始まるといいね」
「うん」
「すぐ元通りにはならないけど」
「うん」
「早く板に立ちたいね」
「うん」
「稽古もしたい」
「うん」
「カフェラテがカフェオレにメタモルフォーゼしたんだよ」
「うん。....うん?」
「あ、ちゃんと聞いてたか」

ふにゃんと笑ったきみは、両手を広げてそのままギュッと自分自身を抱きしめる。

「エアハグってやつや」

えあはぐ...

「きみの顔見ながらエアハグしたら、きみに抱きしめて貰ってるみたいかなって思ったけど」

「びっくりするくらい物足りなくて。これはあかん」



駆け寄って抱きしめたいのに。
俺のこと真っ直ぐ見て微笑んでるきみを、この腕の中に閉じ込めたいのに。


「あの、あのさ!」
「うん」
「誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう」
「もう少し落ち着いたら」
「うん」
「美味しいもの、食べに、とか」
「うん。きみの誕生日はきみんち行くね」

え?

「だってなんかきみ、泣きそうだし。きっとその頃は、今より大丈夫。わかんないけど」
「また年上ぶって。泣かないし」
「あはは。だって年上だもん。泣いてもいいよ。可愛いから」


だから、一緒にいようよ


って。
きみの誕生日なのに、俺がプレゼント貰った気分。



「ほんと、誕生日おめでとう。1番最初に言いたかったけど...」
「あ、1番最初だよ」
「はい?」
「だってスマホ置いたまま走り行ったし。家出たの1時間以上前だし。だから1番だね!」






行きとは気持ちが全然違う帰り道。
俺は何もあげられなかったのに、きみは
『最高のプレゼントだ!』ってエアハグ繰り返して『あかん!これほんまにあかん!』って身悶えてた。

何がきみのテンションを上げたのか、まったくの謎だけど。

俺はたくさんのプレゼントを貰ったから、俺の誕生日の時は。
きみが来てくれたら。
いっぱいきみに尽くして、もてなして、そして今度はエアじゃなく本物を抱きしめよう。
いっぱい。いっぱい。



2020.6.4 0:34
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ