珈琲屋 ヒニム

□#5
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やっぱり傘を持って来れば良かったなぁ

こんなに早く降り始めるなんて

あとほんと少しなのに










ヒチョリヒョンの御使いで、隣街の帽子屋さんまで行ってきた帰り

バスを降りたところで雨に降られてしまった。




急いで近くのパン屋さんの軒先へと駆け込む。




なんとか大丈夫だと思ってたけど甘かったな

あぁ・・・それにしてもいい匂い



パンの焼ける芳ばしい薫りに包まれれば、雨を吸い込んだシャツが肌へと張り付く不快さなんて

あっという間に吹き飛んでいった。





ドンへが作るお菓子とはまた違うけど、幸せな匂い

食べ物の匂いは大好き

それだけで幸せな気分になれるから







確かに幸せな気分ではあるけれど、頭上に広がるのは灰色の空

西の空もまだ暗い


胸元のシフォン素材のリボンを結び直して、もう一度空を見上げる。





「困ったなぁ」


お店まではあと2ブロックくらいで

走って走れないことは無いけど、それだとヒョンのせっかくの帽子が濡れてしまう可能性がある

そんなわけにいかない









「ソンミン・・さん・・・?」


帽子の箱と空を交互に見つめる僕に

ブルーの傘が近付いて来た。




傘の中には

ストライプのロングTシャツに、黒ブチの眼鏡を掛けた―


「キュヒョンさん!」




「パン、買いに?」


「いえ、店長の御使いに行った帰りなんですけど、あと少しっていうところで雨に降られちゃって」






ぴちょん、とキュヒョンさんの傘で跳ねた雨粒が、僕の鼻先を濡らす。


思わず目を瞑ると


「す、すみません!」


そう言って

グイッと引っ張ったロングTシャツの袖口で拭ってくれた。







傘を閉じ、僕の隣に並ぶキュヒョンさん。








「あ・・あの・・、良かったら傘使ってください。お店戻って仕事、でしょう?」


目線は空に向けたまま、ずいっと傘が僕の前に突き出される。




「えっ、いいですいいです!それじゃキュヒョンさんが困るし」


「や、俺はパン・・そう、パン買いたいし・・買ってるうちに止むかも知れないし、適当に帰るんで・・・」













「・・この前、傷の手当てして貰ったお礼、です」


キュヒョンさんはそう言って傘を壁に立て掛け

ペコリと頭を下げてパン屋さんのドアノブに手を掛けた。








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