暗部のモブ

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 最近エイさんの様子がおかしい──。

「カカシ、一緒に寝よう」
「⋯え?」

 これまでは窘める側だった帰還する門への出迎え。任務の度に確認し渡され増え続ける医療セット、兵糧丸、増血剤⋯加えて今まで誘われる事のなかったこれが決定打。抱えていた違和感を聞くに踏みきれば、目の前で視線を下げて口ごもる珍しいエイさんに、思わず上がりそうになる口角をキュッと引き結んで返答を待つ。

「─⋯手配帳⋯」
「うん⋯」

 もしやと思っていた予想が的中の鐘を鳴らす。確か更新後の配布は未だされていない筈だが、そこは流石というべきか。

「⋯次の手配帳にカカシも載るって──知ってたの?」
「自分の事だからね」

 おずおずと上げられた不安に揺れる視界に写れる事が嬉しいと、そう告げたら不謹慎だと怒るだろうか?エイさんへの謎がすっかり解けて気の緩んだ姿勢を崩せば「そっか」と、弱々しく届いた声に胸がドッと不安を呼んだ。

「エイさん⋯?」

 伏せ気味の顔を下から覗き込もうにも、開いてしまった体格差で上手くいかない。反射的に此処は引いてはいけないと、直感に似たそれが後押しするまま頬を支えて上を向かせれば、「ごめんごめん」と泣いてしまいそうな何かに耐えているような、言い表せない顔にギョッとすると同時に思考が乱れる。

「─⋯エイさん、どうしたの⋯?」

 覚えている限り、こんな表情を見るのは初めてだ。何がそうさせたのか、何にそうされたのか、見えない敵というべきその対象は、一体アナタに何をしたのか。

「ごめん。大丈夫」
「エイさん⋯?」

 出来るだけ優しく努めた声色は上手く役目を果たせただろうか。無意識にエイさんの顔から頭から腕から体へ、ある筈のない真新しい怪我の有無を確かめるような動作を取ってしまったオレに、短く切れた笑いを溢したエイさんが、今度は見慣れた優しい顔でしっかりと、誰に言い聞かせたいのかはっきりとした言葉で返す。

「大丈夫だよ」

 訳の判らないままにそれでもその言葉にホッとすれば、ごめんごめん、と謝罪を乗せた馴染みの手が頭の上を往復する。

「反対に心配されるようじゃ駄目だね─⋯」

 ポツリと自らを叱咤するように吐かれた言葉が、エイさんにとって、所詮オレは保護対象の枠を出ないのだときっぱり釘を刺すようで、長い年月、育んできた関係を変えるのはこうも難しいものなのかと、長期戦へと持ち込んだ筈の決心がぐらりと揺らぐ。例え周囲が認め一目置こうとも、アナタに一人前と、一人の忍であり男なのだと意識してもらわなければ意味がない。どんな手練れよりエイさんの一言の方が随分と厄介だ─⋯などと皮肉めいた考えが感情を揺さぶるが、その渦巻くような暗い思いは、両手が温かく包まれた事であっさりと霧散した。

「─⋯カカシ、気を付けて⋯」

 言葉と共に力の籠る指先が、思いの丈を表しているようで、その温度のようにじわりと拡がる思いを連れて視線を向ければ、目の合った瞬間掻き抱いてしまいたくなる衝動が熱を持つ。

「⋯オレ、こう見えて強いから⋯」

 些か子供の強がりのようにも取れてしまう返しは動揺のせいにして、その強さの指す所が自制心である事を、きっと気付かないであろう彼女に向かって笑顔を作れば、不意を突かれたと丸くなった瞳がすぐに笑って「そうだね」と、まるで幼子に応えるように返された。

***

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