暗部のモブ

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「エイさん!」
「はいっ?!」

 任務明け、泥のように深い眠りに落ちていた意識が強制的に引き上げられ身を起こせば、目の前に大きめの封筒を手に微笑みを携えたカカシが立っていた。

「─⋯えっと⋯保証人、になればいいのかな?」

 覚醒しきれないまま受け取ったその中から出てきたのは、数枚の物件案内。私にその予定は無いので、必然的にそれはカカシの案件であろう確認を取ろうと投げ掛けた言葉に反して、返ってきたのはふるふると左右に動く綺麗な白銀。

「エイさん、」
「ん?」
「一緒に暮らそう」

 正式に、ちゃんと。──そう言われて心臓が鈍く大きな音を立てる。いつから知っていたのだろう。聡い子だ。きっと始めから知っていて、それでもこれも任務の一環だと寛大に受け入れてくれていたのかもしれない。

「─⋯エイさん⋯?」

 四代目に彼を任された時、カカシには子細を告げていないと言われた。だから半ば騙すように、取り入って打ち解けてもらおうと、云わば私にとっては任務のような物であったそれは、いつの間にか自主的なものへと変わったものの、それをカカシに話した事はなく、彼の中で私は浅ましい策を暴かれた愚か者になってしまっただろう、表面上の変化が見えずとも嫌な汗が伝うのがわかる。

「⋯駄目?」
「⋯」

 何の返答も持たない私に合わせて屈むカカシの真意が読み取れず、いつの間にこんなに巧く隠せるようになってしまったのかと、すっかり染みてしまった立ち位置が益々私を困らせる。カカシの方こそ何故嫌ではないのか─⋯。四代目との約束云々ではなく、自分の意思でこうしているとはいっても、所詮それは私個人の域を出ない。彼にとっての私は賎しい大人で括られる立場の筈。

「⋯エイさん?」
「─⋯カカシ、」

 意を決する訳ではないが、思わず作った拳の骨が僅かに軋む音を皮切りに、纏まりが見えず明解さも得ない考えをポツリポツリと話し出せば、カカシの眉間に寄り始める皺が裏切り者と訴え掛けてくるようで、久しく忘れていた感情の熱が情けなさを膨張させた。

「⋯エイさんは馬鹿なの?」
「─⋯はい?」

 盛大な溜息がすっかり似合うようになってしまったなぁ、なんて明後日の考えを引き正すかの如く、カカシの両手に頬を掴むように挟まれ至近距離で視線が合えば、そんな顔しないでと、切なげでもどこか嬉しそうに笑うものだから、慌てて込み上げてくる感情に蓋をする。

「⋯泣いても良かったのに」

 思ってもいないような茶化す言葉に、反撃しようにも開かない口のせいで思うに留めた事を理解したのか、一瞬ぱっと見開いた右目がすぐに楽しそうに細まった。

「オレはエイさんと一緒にいたい─⋯」

 それでも駄目?迷いなく放たれた言葉と瞳が、私の憶測は当たっていると物語り、それでも責めず、問い立てる事もしない彼は本当にいつの間に大きくなってしまったのだろう、未だ顔の両側を占める少し筋張った手に触れれば、今度は完全に閉じた瞳が優しい線を作ってエイさん、と話を繋いだ。

「─⋯置いてくれてありがとう⋯今よりもっと弄れてて、生意気だった子供のオレの──」

 傍に、居てくれてありがとう。そう言ったカカシの手が頭を包むように回され、腕の中に閉じ込められる形になった。お互い思う事があっただろう僅かな蟠りが溶かされていくような感覚に、「ごめんね、ありがとう」と伝えた筈がどうやら私の声は音を成さなかったらしいそれでも、その言葉を受け取った、とでもいうように耳に寄せられたカカシの口からもう一度「ありがとう」と言われてしまえば、見た目も中身もすっかり大きくなってしまった彼に、少し寂しくもある思いを誤魔化して、こちらこそだよと勢い付けて回した腕に「いたい」と笑うカカシはきっと、素敵な青年になるに違いない。願わくばそれを近くで見届けられるまで側に居られるよう、背に添えた掌から伝わるこの熱を覚えておこう。

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