短文置き場

□痴話喧嘩
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「土方……」
俺に背を向けて煙草を吹かす男に声をかけたけれど、見事に黙殺された。
「ごめん。悪かったって。機嫌直してくれよ。なぁ土方…」
恋人の袖を掴んで言ってみても男は振り返る気配を見せない。
土方が怒っている原因は俺にある。
昨夜俺はスナックすまいるの助っ人に入っていた。
あまり慣れない化粧をして着飾って1日だけのヘルプ。
猫を被って可愛い女のフリをして鼻の下を伸ばすオヤジ達に酌をしてやれば、そこそこ稼げる良い仕事だ。
土方と付き合う前は生活が苦しい時によく受けていた依頼だった。
けれど土方と恋仲になってから、この依頼を受けたのは昨日が初めてだ。
付き合い初めの頃、俺がホステス紛いの事をしていると知った時の土方の苦虫を噛み潰したような顔は今でもはっきりと思い出せる。
「金がないなら俺が幾らでも用立ててやるから、水商売だけは止めてくれ」
真剣な表情で言われて、その圧力に思わず何度も頷いた。
けれど幾ら恋人とはいえ、自分の生活費を土方に出して貰うのは気が引ける。
だから今まで土方に金を工面して貰った事は一度もない。
それまでは何とか土方に頼らなくてもやってこれていた。
だけどここ数日、依頼が全くない日が続いていて食材も底を付きはじめていた。
追い詰められた俺は藁をも掴む思いで昨夜の依頼を受けたんだ。
だけど土方にやましい事なんてこれっぽっちもしていない。
本当にただ酒を注いで酔っ払い達の相手をしていただけなんだ。
酔ったオヤジにボディタッチされてもやんわりと距離を保っていたし、店が閉まると後片付けをして真っ直ぐに家に帰った。
次の日は土方と会う事になっていたけれど、午後からの半休だから大丈夫だろうと俺はすっかり高をくくっていた。
土方にバレなければ大丈夫だと思った。
昼頃までぐっすり眠りについて、ちょっとした買い物を済ませた後、昼食を取った。
テレビを見て時間を潰しながら土方が来るのを待った。
何時ものように万事屋まで俺を迎えに来た土方は、酷く機嫌が良かった。
二週間ぶりの逢瀬。
前から行こうと約束していた店に二人で出掛けた。
たった二週間でも会えない間はとても長く感じていたから、土方と一緒に居られるのが嬉しかった。
いつも以上にはしゃぐ俺を見て、土方も満足そうに笑ってくれた。
だけどその後、二人で入ったラブホテルで、いざ事を始めようとした時に土方がその動きを止める。
俺の首筋に顔を埋めたまま微動だにしない土方を不審に思いを声を掛ければ、眉間にシワを寄せた男が顔を上げた。
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