土♀銀小説 その弐

□略奪男と薄情女
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それが尻軽な事など初めから知っていた。
夜間巡回の際に男と連れ立っているのを何度か見た事もあれば、居酒屋でまた別の男と飲んでいる所に出くわした事もある。
そのいずれもその距離の近さから親密な関係である事が窺えた。
こんな短期間で良くもまあコロコロと相手を変えられるものだと、その軽薄ぶりには心底呆れ返っていた。
だが所詮は他人事。
幾ら見知った相手と言えども、自分に関わりのない奴がどうなろうが俺には関係無い。
何の義理も無いのに首を突っ込んでも要らぬ厄介事を増やすだけで一文の得にもなりはしないのだ。
だから何時も見て見ぬフリをしていた。
関わらずに済むならばそれに越した事はない。
自ら面倒事に首を突っ込むなど愚か者のする事だ。
俺はそこまで馬鹿じゃない。
あんな女に説教をくれてやるくらいならば、屯所の自室に山積みになっている案件を処理していた方が余程建設的だ。
ああ言う類いの馬鹿は、恐らく死ぬまで変わるまい。
あれは一種の病だ。
依存性とも言うべきものなのだから、それを治す事自体容易では無いだろう。
俺は警察であって医者では無い。
だからあれを治す術など無いのだ。
そう言い聞かせてずっと自分を騙して来た。
あいつが男と居るのを見る度にチリチリとした炎が身を焦がすのに気付かぬフリをして。
そうしてずっとやり過ごしていたのだ。
それだと言うのに、夜のネオン街に一人で佇むあの女を見た瞬間、俺の耳許で悪魔が囁いた。
これは好機だ。
このように如何わしい界隈に一人で居ると言う事は相手を待っているのだろう。
待ち人が来れば直ぐにホテルに向かうつもりなのだ。
それを今のうちに捕らえてしまえば良い。
こいつを売春容疑でしょっぴけば、後ろ暗い事をしているだろう遊び相手の男共は警戒して近付かなくなるに違いない。
そうなってしまえば此方の物だ。
遊び相手を奪ってしまえばこいつを落とすのは今よりずっと容易くなる。
つまらなそうに溜め息を吐いて、伏し目がちに足元に視線を落とす万事屋に足音を殺して近寄る。
手が触れる距離まで近付くと、そちらからふわりとした匂いが漂って来た。
甘い香り。
まるで砂糖菓子のようなそれにゾクリとした。
それを隠すように渋面を作る。
俺に気付いて居ない様子の万事屋の肩に手を置くと、驚いた様子で振り返り、俺を認めた途端それは如何にも嫌そうな顔をした。
それに苛立ちながら手錠を取り出して口を開く。
「テメェを売春容疑で逮捕する」
そう宣言して素早くその手首を掴んで手錠を掛けた。
すかさずもう片方を俺の手首に繋ぐ。
唖然とした様子の万事屋を引き摺るようにして歩き出すと、それで我に返ったらしい女が怒鳴り声を上げた。
「ふざけんなテメェ!
俺は売りなんてしてねぇっての!
不当逮捕だぞ!
つーか人の話し聞けやコラ!」
「うるせぇ、ギャアギャア喚くんじゃねぇ。
話しは屯所で幾らでも聞いてやらぁ。
良いから黙って歩きやがれ」
ジタバタと抵抗するそれを力付くで屯所まで強制連行した。
「だから、俺は売りなんてやってねぇって。
決まった相手としかしてねぇし、そこに金は一銭も絡んじゃいねぇよ。
俺は幾ら金が欲しくても身体は売らねぇって決めてんだ。
解ったらさっさと解放しやがれこの不良警官が」
苛立ちながらそう弁明する万事屋に、俺は一切強気な態度を崩さなかった。
こいつが売春などしていない事は解っていた。
只こいつを逮捕したと言う事実が欲しかっただけなのだ。
だから売春の証拠などは呈示出来なかったし、端からそんな事は念頭には無かった。
暫しの間形ばかりの事情聴取を済ませ、適当な所で万事屋を釈放する。
それは散々俺に悪態を吐きながら帰って行った。
これでまずは一つ、布石を打つ事に成功した。
後はあの女がどう出るかだが、あっけらかんとしたあの性格故に今回の事を根に持つような事もあるまい。
まあ暫くは今まで以上に嫌われる事になるだろうが致し方無いだろう。
先ずはあの火遊びを止めさせる事が肝心なのだ。
それにしてもあいつの怒った顔もまた良いものだったな。
あのように気の強い女を征服するのはさぞや愉しかろう。
その瞬間を想像して知らず乾いた唇を舐める。
早くあの柔肌に食らい付きたいと、溢れ出て来る欲望を持て余しながらあの女を己が物にする時を渇望した。
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