土♀銀小説 その弐

□愛しくて堪らない
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夜の街、かぶき町。
とあるキャバクラに俺はいた。
飲め飲めと、とっつぁんに強要、もとい催促されながら、両手に花の俺はともすれば零れ落ちそうになる溜め息を、酒と一緒に胃の中に流し込んだ。
いきなり屯所にやって来たかと思えば、馴染みの姉ちゃんの所に行くからお前も付いて来いと言われ、後頭部に拳銃を突き付けられた。
テメェの女を泣かすような事はしたくないと言えば、
『テメェの女泣かすくらいの気概がなけりゃあ男じゃねぇよぉ』
などと到底理解し難い事を言う。
だからはっきりと断ると口にした途端、発砲音と共に俺が手にしていた書類に穴が開いた。
それには流石に腹が立ったが、これ以上放って置けば俺の身に危険が及ぶのは火を見るよりも明らかだった。
だから仕方なく付いてきた次第なのだが、全く微塵も楽しくはない。
大体何でこの繁忙期に、オッサンの我が儘などに付き合わされなければならないのか。
今ここで無駄な時間を過ごしている間も、俺の机の上には着々と新しい書類が積み重なっているのだろう。
それを片付けていた方が、こんな女どもに囲まれているよりもよほど建設的だ。
つーかあのエロ親父、俺に女がいる事を知って置きながらここに連れてくるとか、デリカシーってもんがねぇのか?
ああ、ねぇから夜な夜なキャバクラ巡りなんざしてるんだったな。
クソッ。
あいつには女遊びはしねぇって言ってんのによ、こんな所に来たのがバレたら確実に半殺しだ。
というか一歩間違えば確実に殺される。
惚れた女に息の根止められるとかどんな愛憎劇だ。
笑えねぇ。
淡白なように見えて、その実嫉妬深いあいつに勘付かれたら、どっちにしろ血の雨が降るだろう。
そうなる前に一刻も早くこの場を抜け出す必要がある訳だが、そのタイミングが未だに掴めずにいる。
エロ親父、もといとっつぁんが俺をここに連れて来たのは、ホステス達にどうしても会ってみたいとせがまれたかららしく、先程から代わる代わる俺の隣にやって来ては、噂に違わぬ色男だの彼女はいるのかだのと、どうでも良い事を尋ねて来る。
それらに適当な言葉を返しながら、俺の苛立ちはとうの昔に振り切れていた。
然りげない素振りで俺の身体に触れてくる女達に苛々しながら、目の前に注がれる酒を飲み干して行く。
最早それは只の事務的な作業となりつつあった。
一体これはなんの罰ゲームなんだ?
毎日真面目に働いて、あいつに会う時間を削ってまでも仕事に心血を注いでいると言うのに、その対価がこれだとでも言うのか。
ふざけるなと言いたいし、内心では何度も繰り返しそう吐き捨てていた。
美人だが好みでもない女達に囲まれて、思うは愛しい恋人の事。
今頃あいつは何をしているだろうか?
こんな風に無為に時間を浪費するくらいならば、今すぐお前に会いに行きたい。
最後に会ったのは二週間前。
あまり時間が取れず、それほど一緒にいてはやれなかったが、それでもあいつと同じ時間を過ごせて俺は充分満たされていた。
それはあいつも同じだったようで、帰る俺をどこか寂しげに見送りながらも、会えて良かったと言って微笑んでくれた。
会いたい。
あいつに会いたい。
会いたくて堪らない。
俺の膝に手を置いて何事かを話し掛けていたホステスの手を掴んで立ち上がる。
驚いた顔で俺を見上げて来るそれに、
「気安く触んじゃねぇよ」
と言って掴んでいた手首を離した。
「退け。俺は帰る」
唖然とした様子のそれを睨み付ければ、漸く我に返ったらしく慌てて席を立って道を譲る。
松平のとっつぁんが引き留めるのも無視して俺はキャバクラを出た。
暫く歩いて少し落ち着いた所で懐から携帯を取り出して掛けた。
コールが数回鳴るものの、相手は出ない。
それに舌打ちして懐から煙草を取り出す。
口に銜えて火を付けた所で、背後から声がした。
「あら、良い男。
お侍さん、今からアタシとどう?
あなたならお安くしとくけど」
「悪いが俺は女は買わねぇ主義でな。
他当たってくれや」
俺に話し掛けて来たその声には覚えがあった。
振り返らずにそう言えば、俺の腕に抱き付いてくるそれ。
「へぇ。
もしかして決まったお相手でもいるの?」
「ああ、とびきりの良い女がな」
そう言って振り返えってニヤリと笑って見せれば、それは全く同じ表情で俺を見た。
「よう土方。
まさかこんな所で会うなんてな。
今仕事中か?」
「ああ、まあな。
つーかお前、その格好は何なんだ?」
見れば銀時はいつもの装いではなく、見たことのない着物を纏っている。
よく見れば化粧もしているようだ。
それに自ずと顔が険しくなる。
「また水商売の依頼か?」
己の事は棚に上げて非難するようにそう言えば、それは苦笑した。
「お前が俺を責められんのかよ?
仕事とか言ってどうせ美人の姉ちゃん達に囲まれて鼻の下伸ばしてたんだろうが」
ヤバい。もうバレたのか?
いや、ただ鎌を掛けられているだけと言うのも充分有り得る話しだ。
だからまだ誤魔化せるだろうと思ったのだが、それは俺に顔を近付けて言った。
「酒の匂いがすんだけど。お前から」
「………」
「この辺に居酒屋なんてもんねぇだろ?
なら酒呑めるとこ、キャバクラしかねぇよな。
で、何か反論は?」
「……ねぇよ」
ある筈がない。
自分の意思ではないにしろ、ついさっきまでそこにいたのだ。
煮るなり焼くなり好きにしやがれと開き直れば、それは意外な事を言う。
「まあ、別に良いけどな、キャバクラくらいはよ」
「え?」
あまりにも意外過ぎてあんぐりと口を開いて銀時を見れば、
「何間抜けな顔してんだよ」
と笑われた。
「何だよお前、もしかして俺が怒るとでも思ったのか?」
「いや普通は怒るもんなんじゃねぇのか?
お前の事だからアバラの一、二本はへし折られる覚悟してたんだがな」
「ひでぇ奴。
俺がお前にそんなんする訳ねぇだろ。
自分から遊びに行ったんならまだしも、今日のは接待か何かなんだろ、どうせ。
なら、俺がそれに腹立てる必要ねぇだろ」
だって土方君は浮気なんてつまらねぇ真似しねぇもんな?
そう言った銀時が俺の頬に手を添える。
「これでも俺は結構お前の事信用してんだぜ?
じゃなきゃ、こんな事があるたんびにお前を病院送りにしなきゃなんねぇもん。
俺そんなんイヤだし」
そう言ってスルリと頬を撫でて、その手は俺から離れて行った。
「って訳だから、俺の方も見逃してくれや」
「それは別に構わねぇよ」
元よりこいつの受ける依頼に対してとやかく言うつもりはない。
先程俺が不愉快に思ったのは、それの胸元が必要以上に開いているからであって、こいつが生きていく為に何をして稼ごうともそれを咎める気にはならない。
こいつが俺を信じているように、俺もまたこいつを信じている。
だから銀時が俺を裏切るような事をするのではないかと、要らぬ詮索をする必要もないし、しようとも思わない。
「それ、とっとと直せ」
肩まで開いた着物を指差せば、それはからかうように俺を見る。
「なぁに土方。
もしかして銀さんの肌見て興奮してんの?」
「馬鹿な事抜かすな。
それくらいで俺が興奮する訳ねぇだろ。
俺以外にその肌晒すなっつってんだよ」
そう言って軽く睨み付ければ、
「へいへい。
解りましたよ直しますよ」
そう言いながら渋々と言った様子で崩していた着物を直し出す。
「どうせこの後お前に脱がされんのに意味なくね?」
「馬鹿言え。
きっちり着込んでんのを脱がすのが楽しいんだろうが」
「ふぅん。
何か知らねぇけどお前が変態なのは良く解った」
ほれ、これで満足かよ?
そう言って俺を見る銀時の手を引いた。
「あ、どうせやんなら家でやらねぇ?
今日は遅くなりそうだったから、神楽はお妙に預けてんだ」
「そうか。
まあチャイナがいねぇんならそれで良いんじゃねぇか?」
「そっか。
家の方がゆっくり出来るから楽なんだよなぁ」
そんな事を言いながら、その指が俺の指と絡まる。
恋人繋ぎなんてものは、恥ずかしがりのこいつは滅多にやりたがらないのに、よほど俺に会えたのが嬉しいらしい。
いつもより輪を掛けて上機嫌な恋人を見ながら、自然と笑顔になった。
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