メリーのお部屋
□テニスマネジメント奮闘記より一部抜粋
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「俺は負ければそれで終わりだけど……春子ちゃんはよくないんじゃ……」
「あ……」
春子は先ほどの約束を思い出す。
後ろを向けば進藤が不敵の笑みを浮かべながら歩いてきた。
樫井は申し訳なさそうにうつむいた。
「さっきの約束、忘れた訳じゃないよな?」
「……」
春子は約束を簡単にしてしまったことを後悔した。
進藤がまともな頼み事をするとは思えなかったからだ。
しかし、後悔しても時間は戻って来ない。
春子はこの場から逃げることを決意した。
だが、この男は逃げることを絶対に許しはしないだろう。
だから、春子はギャグ漫画にありがちな方法を使うことにした。
ここまでのことを思い至るまで約二十秒。
人間、切羽詰まると思考回路が速くなるという証明である。
春子は空を指差し、叫んだ。
「あ、ユーホー!!」
「は?」
「ほら、あそこに!!」
春子が指差した方向に進藤は反射的に顔を向ける。
進藤が違う方向を見ている隙に、春子は全速力で走る。
進藤が顔を戻したときには、春子は既に手の届かないところにいた。
「お前、どこに行くんだ!?」
「あなたみたいな人の言うことなんて誰が聞けますか!次会うときまでさよなら!!」
走りながら春子は叫ぶ。
足が速くて良かったとこの時ほど思ったことはないだろう。
そんな二人を見ながら樫井はポツリと呟いた。
「マネジャーの仕事が残っているんだけどな……」
よく晴れた秋空にトンボが一匹飛んでいった。
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