遙か3夢

軍師の本領
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軍師の本領





目が覚めたら夜着の袖が伸びていて、腰紐は緩み、長い裾を踏みつけて盛大に転んだ。
お約束の失態に頭を抱えてみるがその風貌や、常の姿とは似ても似つかず。
様にもならない己の姿を想像してため息は深まるばかりであった。


「えっ、ちょ、ど、どうしたの?え?…べ、弁慶?」


最初に発見したのが景時で心底良かったと、弁慶は深く思った。






変わり果てた弁慶の姿を見た後の景時の行動は早かった。
どこから持ってきたのか、ほつれ一つない小児用の着物を運び弁慶に着せ、他の人間が不用意に入らないようにと居間にいる仲間達に伝えた。
何がどうしてそうなったのか、弁慶の体は今や童となってしまっている。
景時の見立てた衣の丈がぴったりなのに少し空しさを抱きつつも、意識だけは年齢のままらしい。その卓越なる頭脳をフル回転させていた。
しかしながら、昨日のおはようからおやすみまでを思い返しても、この珍妙な姿形になる要素は思い浮かばず頭を抱えた。
景時が恐る恐る声をかけてくる。


「いや〜〜なんていうか、参っちゃったね。どうしてそうなったか全く見当つかないんでしょ?」
「そう、ですね…思い当たる節は何も。昨日は特別何か行動を起こしたわけでもありませんし……うん、夢ということもなさそうですし」


頬をつねれば普段よりももっちりとした感触がある。
そういえば指もふくふくとしていてどこか腫れぼったいような、動かしにくさがあった。
元々高めの声質ではあるが、失われた喉仏が振るう今の声は更に高い。
下手すると幼い白龍よりも幼いのではないだろうか。
しかしどうしたものかと思案を深めるが、解決策も原因も見出すことが出来ず、目の前の景時を見やってその表情に益々落ち込んでいくようで。


「この姿を見られることに問題はないのですが…」
「うーん、でもさ、色々とやり辛いんじゃない?ほら、特に九郎なんかは受け入れるのに時間がかかるだろうし」
「……ああ」


そうですね。
橙の傾いた髪が記憶の中で揺れる。
あの堅物で融通の利かない友人が意味もなく混乱し騒ぎ出す姿を瞬時に思い浮かべ、二人は深くため息をついた。
けれども落ち込んでいても埒が明かないのは尤もである。
景時が気を利かせて人払いをしてはくれたが、これはある意味仲間達の新たな情報を得るための絶好の機会ではないのだろうか。
そう考えた弁慶はこの境遇を目一杯利用してやろうと考えたのである。


「景時、僕を――――」
「弁慶さん、風邪だと聞きましたが……あら…、」


策を敷く前からやってきてしまった訪問客に二人は瞬時に固まる。
流行りの風邪だと、移り易いからと牽制したその意図を組みながらも、内に秘めたる想いは静止を跳ね除けてしまったらしい。
弁慶の好い人――――もとい、両片思い止まりの心優しい娘がやってきてしまったのである。

不安気に目を伏せながら、手に抱えるは消化によい粥であった。居心地が悪そうに弁慶の部屋の中を伺う。
部屋の中に目的の人物がおらず、そして代わりにその人に良く似た童が座っているのを見て、目を開かせたのを弁慶も景時もしかと捉えていた。
すかさず、景時がフォローに入る。


「あ、リンちゃん。来ちゃだめだって言ったのに〜〜、あ、お粥持ってきてくれたんだね〜」
「景時さん、弁慶さんはどちらに?」
「あ、ああ〜〜弁慶はなんかちょっと用事があるんだってさ。さっき裏口から出かけたよ。いつ帰るとは言わなかったけれど」


饒舌に語ってはいるが、人はやましいことがあればあるほどよくしゃべるものである。
間入れずに弁慶に関して話す景時にリンは困ったように微笑みながら、そっと盆を端へと添え、姿の変わった弁慶へと近づく。
どうするのかと息をのむ景時を余所に、リンは童を抱き上げた。
そっと包み込むように胸元へと引き寄せる。


「かわいそうに、鳥肌が……寒いのね。景時さん、この子用にもう一枚羽織るものってありますか?」
「え?あ、あー、うん。あると思う。も、持ってくるよ」


困惑交じりにそそくさと部屋を後にする景時の背を見送って、リンは再度弁慶を胸元へと引き寄せた。
じんわりと重なる場所にぬくもりが灯る。童へと戻ったせいか、体温の高さ故に外気温との差に体がうまく調節できていないらしい。
尻と背に回されたリンの腕の細さに心配しつつも、柔らかいぬくもりに弁慶の胸の内に妙な安心感が広がっていく。


「もう少し待っていてね、あのお兄さんがきっと暖かい服を持ってきてくれるから」


どうやら、彼女はこの童こそが弁慶その人であることに気付いていないらしい。
よく似た親戚の子供とでも思っているのだろうか。
その真意こそ分からないが、「この境遇を目一杯利用してやろう」この目的は果たせそうだ。
知る人ぞ知る弁慶の悪笑み。防寒用の衣を持ってきた景時がその表情に気付いたのが、果たして良かったのか悪かったのか。
これから起こるであろう騒動を思い、景時は密かにため息をついたのだった。



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