トリコ夢

ココさんと
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ココさんと-成人向-







存在理由が欲しい。
ただその一心で、求められるのならばと幾度も体を開いてきた。
そこに愛はなくともそれでよかったのだ。
ただの一瞬でも「必要だ」と思ってもらえればそれだけで寂しい心は満たされたのだから。
幾度も肌を重ねて、肉を突き立てられて、意識が飛ぶほど揺さぶられても――――枯渇する心は満たされなかったけれど。






高濃度の水溶液を舌に巡らせ感覚を拾う。全くない感覚をあえて言葉にすることで脳を騙しているだけなのかもしれない。
向上の見られない停滞期にはそんな事を考えた日もあった。
行き場の無い焦りと目標への進歩の遅さ。
葛藤で乱れる心を幾度も受け止めてくれたのは、かけがえのない“恋人”であった。

コト。水溶液の小瓶が鳴く。
瞳を開けて映した恋人は優しく微笑み、私の答えを待っている。
舌先に微かに感じる刺激。口の中に広く渡る事もなく、舌全体ではなく先端に強く感じるこれは。


「……甘味?」
「ん、正解。だいぶ上達したね」


嬉しそうに笑う恋人はまるで子供を褒めるかのように、リンの頭に手を置きそっと撫でた。
下心のないスマートな仕草に、胸に広がっていく喜びの灯火がじんわりと熱を灯す。
体に比例し、常人よりも遥かに大きな恋人の手は美食屋という職業をしているとは思えない程優しく、なめらかな手であった。
離れた後の名残惜しさに、自らの手を頭に置いてみるがやはり全く恋人のものとは異なる。
そんな私の仕草を見て、恋人――――ココはまた笑っていた。
まるで子供の成長を眺める、父親のように。


――――そう、そうなのだ。


「…もう。子ども扱いはやめてください」
「そう言いながら嬉しそうに見えるよ?」


口を尖らせ抗議を示しても、ココはどこ吹く風といった仕草で茶を入れにキッチンへと向かってしまった。

確かに彼の言うとおり、頭を撫でられただけで嬉しくなってしまう身では説得力もないのだが、釈然としない気持ちはあるのだ。
程なくして戻り、机に広げられるティータイムの飾りつけを見つめながら、リンはクロスの端をそっと握る。
まるで前を行く親の服を掴む子供のように。
―――置いて行かれてしまう。そんな心理があったのかもしれない。

仲間の前でコンビ結成のお披露目をしたとて、彼は世界が認める美食屋の一人で、自分はただの…否、人ですらない身だ。
食に溢れるこの世界で、その食すらも上手に携わる事が出来ない異質な身。
彼と自分の身の、立場の違いも一目瞭然で本来ならば手の届かない存在なのだ。
とぽとぽと注がれる茶の鮮やかな若草、爽やかな碧い香りに意識を浚われる。
用意された食器は揃いで選んだ番のもの。体格のいい彼にはエスプレッソサイズに見えるそのカップも、私のとっては通常の比率で。
無下に自信を扱うのは卑屈だと分かっているのだが、それでも微かな違いが心を苛む日とてある。


――――どうしていつまでも子ども扱いなの


「(……魅力、ない?)」


ココと彼の家で新たに生活を始めてから随分経過したが、彼が未だにリンに触れようと手を差しだした事はなかった。
髪や頬に、体の一部に触れる事はあっても、それはいつだって“保護者のような触れ方”であって、決して恋人同士のような甘さではない。
それは酷く温かく、リンの心に親愛を深く芽生えさせた。心が満たされるという、愛を知った。
―――けれど、リンは彼に“女”を求められたかったのだ。


「この間リンが買ってきてくれたカモミールのお茶だよ。…ほら、飲めば落ち着くよ」
「…そんな、いきり立ってないです」


ココの選択にどきりとする。
内に渦巻くどろどろとした浅ましい欲望を見透かされたような気がして、リンは身を縮こまらせた。
彼に、真の意味で女として求めてもらうには“子ども扱い”を改めてもらう必要があって。
その為には彼の保護から解き放たれる必要があって――――一日でも早く、本当の“コンビ”になりたくて。

焦ってしまう。
早く、味覚を手に入れたい。早く、隣に立ちたい。

どんどん、彼は遠くに行ってしまうから。


「(どうしたら貴方を繋ぎとめておけるの?)」


―――誘惑効果に依存し、体を繋げるだけの恋愛など、もう飽き飽きしている。彼にそんなこと、望んでもいないはずなのに。

横目に映したポットの中で花開くカモミールの蕾が可憐に揺れる。
けれど心に巣食う欲望は茶の力では抑えられず。
彼が私の為にと選んだその動機ですら、果てしなく遠い距離に思えて仕方がなかったのだ。


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