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□欲しい言葉
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・思いついた話をパパっと書いたので変です。
・がっかりレベルのグレナツあり。
※グレイさんは出ません※
・スティログでもログスティでも読めるリバーシブル仕様にしてみました。
・しかしスティングがちょっと乙女くさいです


・OKな方のみ…!








「悪い話ではないでしょう、あなたもまだお若いとはいえあれだけ大きなギルドを背負っているのです、支えは必要でしょう」
「しかし…」
広い応接間の片隅、堅苦しい革張りのソファに浅く腰掛けて、テーブルに置かれた1つの封筒を前に黙り込んでいた。
「少し、考えさせてください。その…決して、嫌なわけじゃないんですが」
嘘をついた。…しかも真っ赤な。
「そうですね。私も少し早くお話を進めすぎました。しかし、是非とも考えていただければ嬉しいものです。」
議員は皺だらけの顔に社交辞令的な笑みを浮かべた。その後ろの思惑など見え見えである。
俺は馬鹿かもしれないが、決して社会の事情に疎いわけじゃない。幼くして親と死別して以来、生きていくためにどんな仕事でもやってきたのだから。
「ありがとうございます。では私はこれで…」
自分も社交辞令的な笑みを浮かべて、封筒を拾い上げるとソファから立ち上がった。
あの堅苦しい見た目の癖に、妙に柔らかく人を甘やかすようなソファは苦手だった。
居心地が悪くて仕方がない。

…本当は、こんなものを受け取ることすらしたくない。

手のひらに触れる無機質な紙の表面が蠢いているように感じた。今すぐこんなもの、手の中で潰して粉々にしてしまいたい。
しかしそれを止めようとする理性が最近強くなったのを俺は知っていた。
…我慢しなければいけないことは多い。

応接室を出た後、静かに廊下で控えていた使用人が案内するのに従って議員の邸宅を去った。


こちらの事情など知ったことではない、か。
「不慣れだろうから」、と外回りや事務的書類の度に気遣う素振りを見せるが、その裏で若僧には何もわかるまいという侮りと、都合の良いように動かしてやろうという思惑が渦巻いているのを俺は知っていた。
魔導士であること、若いこと、そして多分それに付加的についてくる俺の見た目。
巷で騒がれて調子に乗っている、だのと陰口を叩くもの声はよく聞こえる。
ドラゴンの耳はこういった時に厄介だった。




「お疲れ様」
「おう、おつかれ」
ギルドに帰ると仲間が数人まだ残っていて笑顔で出迎えてくれた。
ふと気が緩むのを感じる。
ギルドに漂う慣れ親しんだ匂いは俺の体に入った余計な力を取り去っていった。
そのせいでうっかりしていたのだ。
少しだけ仲間の近況報告を聞いたり軽く談笑したりして執務室に戻ると、あの忌まわしい封筒をどこかに置き忘れてきたのに気がついた。
慌てて戻ろうとした時、丁度部屋に入ってきた人物の手にそれがあるのを見て俺は落胆した。
よりによって1番見られたくない相手に見られてしまった。

苦い顔で、ローグが封筒の中身を改めているのをただ見ているしかなかった。
すす、と上質な紙の擦れる音がする。
正方形に近い白い絹の張られた表紙がこちらに向いていた。
ローグはそれを少しの間見て、そして片眉をほんのわずかに動かした後、それを閉じて元通り封筒にしまった。
「悪かった。ギルドではなくお前宛ての書類だったな」
そう言った時に、俺は我慢が出来なくなった。

ローグの手からそれを奪い返すと封筒を開きもせず破いて乱暴に中身を取り出すと、近くにあったゴミ箱に投げ捨てた。
ごうん、と鈍い音を立ててゴミ箱が揺れた。

「何をしている」
「いいから出てけよ」
「そうじゃない、これはこうして良いものだったのかと聞いている」
「向こうが押し付けてきたんだ。俺がどうしようと勝手だろ」
「…そうか」

…ローグの反応に無性に腹が立った。どうしようもなくなって、彼の胸ぐらを掴む前に手をぐっと握りしめた。手のひらに爪が食い込んだ。
傷つけたくなかったし、喧嘩もしたくなかった。喧嘩をしてしばらく口をきかなくなっても、どうせ俺が参ってしまうのだから。喧嘩をしてローグを怒らせても、俺が苦しくなるだけだと分かっていたから。

「何をそんなに怒っているんだ。向こうがまた気に触ることを言ってきたのか?」
「ああ気に触るね。」
俺が怒りを抑えた低い声で答えたのを聞いてローグは黙った。少し声を詰まらせたのが、空気の振動を通して伝わってきた。
「…お前はよくやっている。好きに言わせておけばいい。お前を侮る者がいても気にする必要はない。皆お前をいいマスターだと思っている」
俺が言って欲しいのはそんな言葉じゃなかった。ローグは賢いくせに、今まで欲しい時に欲しい言葉をくれたことなんて一度もなかった。
そんなわからないことばかり言っている口は今すぐ塞いでしまいたいと思ったが、今回ばかりはそう気丈でいられる気がしなかった。
「ああ、ありがとうな。…悪い、今日はもう帰るわ」
「いいのか?」
「仕事ならちゃんと明日早く起きてやる。今日は帰らせてくれ」
「…止めはしないが…夕飯は」
「いらない。レクターの分頼む」
そこまで言うのが限界だった。息がつまりそうで、腸が煮えくりかえるそうで、それでいて止めていたものが溢れてしまいそうだった。
怒りや悲しみなどという素直な一言では表せない感情が渦巻いて、俺を支配していた。


翌日、俺は仕事をするという約束を破ってギルドに顔を出さずに人気のない森を彷徨っていた。
あの忌まわしい封筒の中身が捨てられた空間にすら戻りたくなかったのだ。
ローグとも顔を合わせたくなかった。

薄桃色と薄水色の小さな小鳥が木々の枝にとまって寄り添い合い、やさしい愛の唄を歌っていた。
それを聞いているとどうしても泣きたくなった。



ローグは探しに来なかった。密かに期待していたのに、くることはなかった。
その気になれば何キロも離れていても相手を探し出すことだってできるのに、ローグは肝心な時にして欲しいことをしてくれなかった。

「…違うな」
…俺が振り回しているんだ。ローグの周りにはいつだって静かな時間が流れていた。時計の針さえ止まって見えるくらいにゆっくりと、音のない時間が流れていくだけなのに。
それをかき回して、時計の針を無理やり指でくるくる回して、そして静かに座っている彼の周りをぐるぐる回る、いつだって俺は彼にとってただの「来訪者」だった。

欲してほしい。
…凡庸な、人間なら誰もが抱く至ってつまらない欲望で体が捻じれそうだった。
振り向いて欲しい。
…ありふれた、恋の歌に出てくるようなとっくに使い古された感情で頭が狂いそうだった。


夕方まで俺は何をすることもなく森でただぼーっとしていた。小川のほとりに腰掛けて、落ちていく夕日を見つめているといつの間にかあたりはすっかり暗くなっていた。
フクロウが用心深く鳴く声が、どこからか聞こえる。


草むらを掻き分ける音を耳がとらえた時、俺は歓びで体をびくりと震わせた。
しかし期待しただけのものが返ってくることはなく、それは驚きの中に消えていった。
「ナツさん…?」
ここにいるはずのない人が、小川の対岸に立っていた。


「どうして」
ついに頭がおかしくなったかと思った。しかし、緩やかな風に混じる炎の匂いがそうではないと告げている。
「情けねぇ顔してんな」
ナツは柄でもなく静かに言って、笑った。
「ナツさん…俺さ…」
そういう前に目の前が曇った。鼻の奥がツンとする。気がつく前にぽたりと手の甲に水滴が落ちた。
「言わなくていい。分かってる」
自分よりもずっとこじんまりしているナツは俺の肩に手を置いてぽんぽん、と労るように叩いた。
笑顔を作ることはできなかった。
膝から崩折れて、みっともなく肩を震わせる俺の上から優しく覆いかぶさって、ナツは何も言わず俺の背中を撫でていた。
俺の嗚咽だけが森に響いた。







「すっきりしたか?」
ナツは俺の嗚咽が止んで、ただ少し吐息が震えるくらいになると俺の肩を支えて顔を上げさせた。
「…ナツさん…俺さ…」
ナツの目を見ると、彼はその力強さに反して酷く柔らかく優しい目をしていた。
顔は真剣だったが、目がなんでも言ってみろと、そう言っていた。
「…もう、ローグに腹が立って」
俺ローグのことが好きなんだ、でも、俺どうしたらいいかな、でもなかった。
口をついて出たのはそんな言葉だったが、ナツにはいちいち何かを言う必要などない気がした。
「…あいつが悪いんだ。」
そんな我儘なことも、ナツは黙って頷いてくれた。
「…俺、見合いなんてしたくないんだ。あいつだってそんなのわかってるはずなのに、それなのに、」
あの写真を無表情に見つめるローグの顔を思い出すと腹が煮えくり返るとともに、鼻の奥がツンとした。
「…そうだな。ローグが悪ィ」
ナツはそう言うと、やっといつもの顔になって笑った。
俺はその顔を見て、少し安心した。

「なあ、俺はな、」
ナツさんは俺の隣に雑に腰掛けると、マフラーに鼻のあたりまで埋まって、俯いた。
俺に見えているのはナツの目と眉だけだった。
「お前らにはどうせ隠せねぇだろうから別にいいけど…グレイがさ、」
そこまで言うとナツの目元が髪と同じ色に染まった気がした。
「うん。」
ナツが髪に、肌に、燃える炎の匂いとともに彼が使いそうもない男性用の整髪料の香りと、ひんやりした氷の匂いを時々纏わせていることに気がついていた。
「だから、まあ俺とお前は違うかもしんねぇけどよ、時々グレイにすげぇ腹が立つことがある」
「うん」
ナツの声は鱗のようなマフラーの中にくぐもっていた。
「あ、いつもの喧嘩とは違う意味でな?」
「うん」
「そういう時は、…もう二度と会ってやんねーって思うけど、…けど本当はそうじゃねぇんだよな…」
ナツが考え事をする顔になって、もう星が出始めている空を見上げた。
「…そうだね」
少しひんやりした風が吹いた。
明るい月がいつの間にかのぼっていた。
俺の座った隣に、影ができていた。




俺は街に出るまで、ナツに手を引かれていた。憧れの人は、あの黒髪の彼を想ってくすぐったそうに笑ったあと、そんな野暮な野郎には俺が喝入れてやる、と元気に息巻いた。
ナツの笑顔を見ていると心が軽くなった。

ギルドに近づくと、夜空に紛れて、宵闇より濃い漆黒の人影が走ってくるのが見えた。
「ローグ…」
ローグは黒い上着を羽織って、あの白い見合い写真を手にしていた。
「…スティング、」
もう片方の手にはマッチ箱が握られていた。
ナツとスティングの前に立ったローグは手に持っていた見合い写真をふいに地面に落とすと、マッチ箱からマッチを取り出して擦って、その上に落とした。そんなことを数回繰り返して、あっという間に布張りの表紙がめらめらと燃えだしたころ、それを見ながら呟いた。
「すまない。お前宛てのあの見合い写真だが…俺が不注意で燃やしてしまった。」
「ローグ…」
顔を上げたローグの頬は可哀想なくらいに真っ赤に染まっていた。
「お前に結婚はまだ早い」
「ふっ…なんだよそれ、」
どこまでも素直じゃないローグに呆れて笑いが込み上げてきた。
「そうじゃないだろ。」
催促するように言えば、ローグはさらに顔を赤くした。
「…見合いなんて…してほしくない」
「………最初っからそう言えよ…バカ」

欲しかった言葉を貰った俺は、喜びがじわじわと胸に広がっていくのを感じてただうつむいて立っているだけがやっとだった。
そしてローグは耳まで真っ赤になってそっぽを向いていた。
「あーあ、やってらんねーな」
ナツがつまらなさそうな、それでいてどこか明るさの含んだ声で言って沈黙を破ってくれなかったら俺はずっとそこに立ったままだったかもしれない。
「つーか、ローグ、こんだけスティングが言ってんだから付き合ってやれよ。お前らどーせ両想いなんだろ」
「ちょ…ナツ!!」
何を言う、と足元で燃える炎のように顔を真っ赤にしたローグが抗議した。

「それに…ふっ…不注意で燃やしたってなんだよ、」
ナツがけらけらと笑いだすといよいよローグはええいうるさいとばかりにナツの口を塞ぎにかかった。
「燃やすなら俺に言えってーの!」
「お前もう黙れ!!」
「やだね!」
ナツとローグがわいわいと鬼ごっこを始めると俺はそれをずっと見ていた。
まだ、嬉しくて動けなかった。
これが夢でありませんように。これが泡のように消えてしまいませんように。
そう願いながらもらった言葉を宝物のように大事に胸に仕舞う、そんな時間が幸せだった。






三ヶ月後。
「あー!もう知らねー!グレイになんか二度と会ってやんねー!」
ナツがギルドの執務室で頭から湯気を出しながらぷんすか怒っていた。
「まぁまぁ。グレイさんに何か言われたの?」
手元の書類をさばきながら問うと、ナツは地団駄を踏む足を止めた。
「…ちげぇよ。言わねーから怒ってんだ」
「…なるほど。」
欲しい言葉を貰えないナツは頬を膨らませて怒っていた。
「クールな男はこれだから嫌なんだよね。」
そう言うとナツは振り向いて困ったように笑った。
「そうだな」

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