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□ヒールとリボンに竜の爪
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朝起きた瞬間、何かが変だと思った。
何かはわからないが、とりあえず首のあたりがむず痒くて
うなじにあたる髪の毛を払いのけながら起き上がった。
「うー…ん?」
決定的に何が変か気づいたのは起き上がったとき。
たゆん、と胸に衝撃を感じる。
重い。何かがぶら下がって…いや、いつもより重いものがくっついている。
裸の上半身を恐る恐る見下ろすと見覚えのない…いや、
ないこともないのだがすごくあるわけでもないものが。
「はぁああああ!?」

慌ててスウェットの中を覗くと、あるはずのものがない。
ない、どこにもない。平らだ。
「ちょ、え?マジ?え、ウソ?」
どうしよう、大事なあれがなくてその代わりにそれがあって…
それってつまり…。
立ち上がって自室の隅の姿見の前に立つと、そこに映っていたのは
紛れも無い…俺…によく似た…
「女、になってる?のか?」
夢じゃない。多分。足の踏み場がなくなりつつある自室の床の、
数日前に読んでいた雑誌の放置していたやつの角を踏んで足の裏が痛い。
痛いってことは夢じゃない。多分。

少し声が高くなっていた。背も縮んでいる。
髪の毛は少し伸びて、襟足は肩に擦れるくらいになっていた。
多分ローグと同じくらいの長さだ。
胸は…鏡で見る限り結構大きめだ。女の子の胸のサイズなんて
見ただけでわからないから俺のも判定できないが多分大きい方だ。
というか、重い。揺れる。
「コレ…ちょお…いやー、ないだろ」
柔らかい…のだが自分のを揉んでも大して嬉しくもない。
顔は美人と言えなくもないと思うがケバい。
化粧をしているわけではないのに、なんかキツイ感じの見た目だ。
つり目だし、気が強そうに見える。
そのまま女になっただけなはずなのに男の時との差は一体何だ。
結構イケメンだと思ってたのに女になると俺ってこうなるのか?
正直好みじゃない。もっと控えめな方が…
「ま、女の俺が俺の好みじゃなくてもどうってことねえけど」

それよりこれをどうするかだ。
まず一体なんでこうなった?
世の中に性別転換の魔法がないと言い切れないくもないが
それにかかった覚えはない。
昨日は普通にギルドでマスターの仕事を片付けていただけなので
何か得体の知れない魔法と出くわす機会なんてなかった。
そう思って、とにかく片割れに助けを求めるべくそのままの
格好で自室を出て隣の部屋に向かった。

---

「ローグ、入るぞー。」
影属性のせいで朝にめっぽう弱いローグはまだ布団の中で丸まっている。
枕元のあたりにピンク色の何かがちらりと覗いているのはフロッシュだろう。
とりあえずいきなり起こして悪いとは思いつつ、
ローグの布団を剥いだ。無理矢理やったら機嫌悪くなるかな。
「起きてくれローグ、大変なんだ、俺女の子になっちまって…って、え?」
なんか、ローグが丸い。
いや、丸まっているのだから丸いのは知っているのだが
その線が丸いのだ。
何と言ったらいいのだろう。とにかくいつもと違う。
「ローグ…お前もしかして」
丸くなって向こうを向いているローグの肩に手をかけるとなんだか柔らかい。
そしてこちらを向かせた瞬間に言葉を失った。

黒く、長い睫毛が瞼を縁っている。
口紅なんて塗っていないはずなのにふっくらとして赤い唇は
わずかに開き、すやすやと安らかな寝息を立てていた。
白い肌に俺の手のひらに収まるくらいの小さな顔。
「可愛い…」
正直に言ってどストライクだった。まさに、これこそ。
「じゃなくて!」

肩を叩いて必死に起こす。
「ローグ、頼む、起きてくれ緊急事態だ!」
「な、何だ…」
小さくつぶやいた声はいつものローグの声ではない。
「ほら起きろよ!ローグ!大変なんだ!俺もお前も!!」
「朝からうるさいぞ…俺はまだ寝…ん…?」
急に瞼をぱちりと開いたローグは訝しげな顔をして
喉に手を当てた。んんっ、と数回咳払いをする。
「なんか…声が変…ってはっ!!!!!?」
俺の顔を見た瞬間、ローグは急に体をがばりと起こして飛び退った。
だが後ろは壁で、勢い良く背中をぶつけてしまう。

「げほっ…お前っ…誰だ一体!?なんでそんな格好で…隠せ!」
目をぎゅっと瞑って向こうを向くローグに、はたと気がつく。
そういえば、上半身裸だった。
「ローグ、俺だよ、スティングだよわかんねえのか?」
「え…?」
恐る恐るこちらを向いたローグは目を丸くした。
こんなに呆けた顔のローグは久しぶりに見た。
いや、驚くのはわかるけどお前も同じくらい大変なことになってるからな。
「お前、スティングか…?」
「俺だよ、ほらデコの傷。」
ピアスもそのままだ。
「そう…か…なぜそんな姿に…というか落ち着かないからとにかく隠してくれ」
「わかったよ、でもその前にお前、鏡見たほうがいいぜ?」


---

「はぁああ!!??」
ローグは姿見を見てあんぐりとしている。
やっぱり誰だってそういう反応するよな。
ローグは乱れた着流しのまま鏡の前に立って呆然としている。
髪の毛は肩に流れるくらいまでになり、
男の時よりはるかに華奢で細い。
着流しがだぼだぼで、はだけた襟元から白い肌が覗いていた。
あ…確かに、隠したほうが。

「あれー?ローグー?」
「フロッシュ…おはよう」
「おんなのこー?」
「ああ…起きたらこうなっていた。」
しばらくフロッシュとのやりとりを見守りながら
チラリチラリとローグを見る。
肩は細く、全体的に華奢で胸も小さめだ。
寸胴というわけではないが、尻は俺みたいにギュッと外に出ている感じじゃなくて
着流しの上から見るに、やわらかい線を描いている。
だがナイスバディじゃなくても色気は破壊的だ。
俺がもしも上手く絵が描けるとしたら、好みのタイプはと聞かれれば
目の前のあれを、そのまま描くだろう。
それくらいに綺麗だった。

いや、そうじゃなくて!!!

「ローグ、とりあえず着替えよう…それはちょっと目に毒というか…」
興奮して今はないはずのあれが勃つような気がしていたたまれない。
「お前こそそれをどうにかしろ、」
「って言われてもなあ…いつもの服着れんのかな」
「あのなあ、中身は男なんだぞ」
「俺もだし、問題なくね?」
「まあ、そうだが…目のやり場に困る。」
困ったようにそっぽを向くローグに、なんだかおかしくなって笑う。
ローグも俺で興奮したりすんのか?いや、それはねえか。
「ローグはめちゃくちゃ美人なのに、俺はケバいってどうなのよ」
「ケバい、か?お前も美人じゃないか?」
「そうかぁ?」

---

とりあえずいつもの服は乳首の形が丸見え状態だったので
ローグのナイスな思いつきで家に常備の包帯を胸にぐるぐる巻きにして
上から服を着た。所謂サラシだ。
いつもの服はだぼだぼで不格好としか言えないがとりあえずは仕方ない。
レクターは起きるなりびっくりしてひっくり返っていたが、
状況を把握するなりとりあえずギルドに行ったほうがいいと言った。
さすが俺の相棒、頭の回転が早い。

ギルドへ到着すると、すでにいつものメンバーが奥のほうで
ぺちゃくちゃとおしゃべりをしていた。
そこへ入って行くと、周りがざわざわする。
「誰も、変わった様子ではないみたいですね」
「ああ…他の奴等は普通だな。俺たちだけか?」
ユキノとルーファスとオルガにおはようと言うと、3人は一斉に目を丸くする。
「スティング様と、ローグ様ですか!?」
「ほう、随分と可愛らしくなってしまったね。」
「一体どういうこった?」

状況を説明するが、性別が転換したのは俺たちだけだという。
「君たちだけ、か…。確かに昨日は何もなかったし原因を特定するのが
困難だね。」
「お二人だけで、どこかに行かれたということは?」
「何か変なモンでも食ったんじゃねえか?」
色々可能性を探したが、思い当たることはなかった。
俺たちだけが他のメンバーと違うことをしたということはない。
「強いて言えばお二人共滅竜魔導士…ですね」
「それくらいしか共通点はないね。もしかしたらだが、滅竜魔導士だけ
こうなっているかもしれない。理由はわからないが。」
ユキノとルーファスは互いに首をかしげながらも思案している。
「じゃナツさん達もこうなってる可能性ありってこと?」
「ガジルもか」
「断定はできないが。」

「マグノリアに行くぞ」
「スティング、おい…まだそうと決まったわけでは」
「確かめるに越したことはねえだろ。ルーファスがわかんないってんなら
俺たちだけじゃ解決不可能じゃないか」
「まあ…それはそうだが…」

かくして、俺たちは汽車に乗ることになった。
…女になっても俺たちの乗り物酔いは治らない。






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