other

□ひかり と かげ
3ページ/6ページ



夕方



side:スティング


夕方になると、太陽の向きは変わる。秋の夕暮は幻想的で、遠くの山に
沈んでいく夕陽は金色に輝きながら、家々を、人々を、木々を
まるで物語のひとつのように塗り替えていくのだ。

ローグはあれから少し眠ったようだった。
俺はというと、草の上に横たわって、3つの安らかな寝息を聞きながら
遠く空に流れるいわし雲を見つめていた。

ローグがしばらく何かに悩まされているようだということは知っていた。
尤も、ガジルさんやナツさんが教えてくれなければ、
ローグに元気がないことの理由など、これっぽっちもわからなかっただろう。
ひとりで溜め込みがちなローグは、無理にでも話させて
安心させてやらないと、今にもどこかへ行ってしまいそうで怖い。
自分のせいで誰かを傷つけることなんて、こいつには耐えられないだろう。
全く、変なところで気を遣ってばかりだ。

開け放されたままの窓から、いい香りが漂ってくる。
それに合わせて腹が鳴る。
特別これといったことをしなかったが、今日はしばらくぶりにのんびりできた
気がした。
何もしなくても腹は減る。
ローグは料理が上手だ。ついでに家事全般。

「ローグー!林の近くできのこ採ったぜ!これ食べれんの?」
「見せてみろ…ああ、これは毒のない種類だな。別に美味くはないが
食べられるぞ。そこらじゅうに生えている」
「へー。だってレクター、やったな!」
「ええ…ですがローグ君は美味でないと言いましたよ」
「食えりゃいいんだよ!腹の足しになるだろ?ローグが料理したらきっと旨いって」
「料理して旨いのは素材が良いからであって、
何でも味をつければいいというものではない。」
「へーへー」

適当に返事をして、足元の引き出しからざるを取り出すと採ってきたきのこを
のせた。

「よろしくなー」
「はぁ。全くスティングは。調理するこちらの身になってくれ。」
「フローもそーもう」

ローグがキッチンで夕食をつくる間、ソファに腰掛けて週刊ソーサラーを広げる。
案の定、大魔闘演武の結果やハイライトの写真ばかりだ。
7年経って、全く雑誌に取り上げられなくなっていたフェアリーテイルは
再び人気者になっていた。
もちろん、「あの双竜」を倒した強者としてナツさんも取り上げられている。
インタビューは拒否したのかわからないが、
実況中継のラクリマビジョンから取り出した映像と、
優勝時にどこからか撮られたカメラ目線でないナツさんだけが載っていた。
まあ、ナツさんはハキハキインタビューに答えるタイプじゃねぇもんな。

次の特集へめくると、セイバートゥースのマスター交代の記事。
マスターとお嬢の疾走については詳しく書かれていないが、
俺がこの間ジェイソンに答えたことが書かれている。

「新マスターは、若くてイケメン、スティング・ユークリフ!ですか。
スティング君も取り上げられていますね!さすがです、ハイ」
「どうせなら双竜で取り上げてもらえりゃ良かったな。
始末書とか予算の管理やってんのローグだし。」
「フローもそーもう。ローグ頑張ってる」

いつのまにか隣にやってきていたフロッシュはちょこんと座ると
俺の手元の週ソラを見て、同意した。

「強者至上主義から、仲間至上主義へ、ですね。ちゃんと書いてあります!
あの記者、cool coolとばかり叫んでいましたがやる時はやるみたいです」
「明るくて楽しそうなギルドになったって。ちゃんと評判も書いてあるじゃんよ」
「フロー楽しい。」
「僕も楽しいですよ!今のセイバートゥース。」
「そりゃあ良かった。」

隣で嬉しそうにぴょんこぴょんこと跳ねる猫達に新マスターの心も
浮足立つ。
まあ、元気が良すぎて始末書が増えるとローグの機嫌が悪くなって厄介だけど。
最近のものでない、いつかに撮られた双竜の写真の使い回しの記事を
笑いながら撫でた。
でっかく写っている俺と、向こう側で控えめに写っているローグ。
この時はマスターに目をつけられないよう、
雑誌にはレクターもフロッシュも載せてもらわなかったんだっけ。
ローグは右側からのアングルで撮られたせいで
綺麗な紅の瞳がちらっとしか映っていない。

「美人さんはちゃあんと映してもらわないと。ローグももうちょいカメラに
寄ればよかったのに。」
「いつもレンズを向けられると離れてしまいますからねぇ」
「ローグきれい」
「その形容詞は感心しないな」

お玉を手に背後に立っていたローグに、後頭部を小突かれる。
なぜだか先ほどから漂っていたいい香りが強くなったと思えば、
ローグのもう片方の手には小皿が握られており、スープが湯気を立てていた。

「味見だ。ほら、フロッシュ」
「やったー…うん、おいしいよー」

真っ先にスープを味見させてもらったフロッシュはにこにこと笑っている。

「レクター、どうだ。」
「相変わらずさすがの腕前ですねえ、ローグ君。とても美味しいですよ」
「…そうだな。ただちょい味薄くね?」
「お前は渡す前から勝手に飲むな。あまり味を濃くすると体に悪いぞ」
「えーでもー、薄味ってケチくせえじゃん?って痛ってぇ!」
「何を言う、出汁を効かせているだろう。文句言うなら夕飯抜きだな」
「うわぁ、ごめんなさいローグさまー」




しばらくして、食卓に食器が並ぶ。四人分。
正確には2人と2匹。
あたたかさの溢れる時間だ。スープにパスタ、様々な素材のサラダ。
デザートの甘味は氷水の中で冷えている。
ローグが定期的にフロッシュの口を拭ってやりながら、
着ぐるみを汚さないように気をつけている。

「あれ?俺とレクターが採ったきのこは?」
「あれなら明日の朝食にするつもりだ。
一日かけて味を染みこませれば美味くなるかと思ってな。」
「なるほど。明日が楽しみですね、スティング君。」
「ああ。どんな味になるんだろうな。しっかしローグはいい嫁になるぜ」
「なぜ嫁だ」
「炊事洗濯、掃除に裁縫。文句なしだぞ?」
「別に。人並みにこなせる程度だ。」
「そんなあ、謙遜ですよローグ君。お店で出される料理にも劣らない腕前、
この前戦闘で裂けてしまった僕の服も元通りに縫ってくださいましたし」
「フローの服もー」

口々に与えられる賞賛の言葉も、澄ました顔で右から左だ。
たまにはこいつの喜んだ顔が見たい。

「でもローグと結婚する女の子は嫌だと思うぜ?こんなに旦那が
家事全般こなせたら立場ねぇじゃん。」
「それを言いますか」
「ローグ結婚しちゃやだー」

褒めるつもりで言ったのだが、ローグはむう、と膨れてしまった。
確かに、これじゃローグは結婚できないみたいになってしまう。

「結婚、かー。」
「スティング君はご予定でも?」
「はは、この歳で?ねぇよ。でも、別にいいかな。今で十分」
「十分、とは?」
「だってみんなで食卓囲んで、美味いもん食わしてもらって。
十分幸せじゃん。俺は竜に育てられたから血の繋がった家族なんていねぇけど、
もしいたらこんなもんなのかなーとかさ」
「フローもそーもう」
「お、フロッシュもそう思うか」

満腹になったらしいフロッシュはローグの左手の人差し指を両手で
ぎゅっと握りしめた。
指にしがみつかれたローグはふっと目を細めてフロッシュの頭を撫でている。
俺が頬杖をついて笑いかけると、ローグは目線を外して俯いた。

「なに、照れてんの」
「…。」
「あ、つーか、これむしろ俺がローグとけっこ」
「何を言う」
「だって、そうだろ。俺が食材採って、ローグは料理。で、みんなで食べる」
「相変わらず無茶苦茶な論理だな。大体お前が食えるものを採ってくるのなんて
2月にいっぺんくらいだろう」
「まーまーそう言わず。」
「旦那のつもりならもう少し家事を手伝え。殆ど俺じゃないか。
かと言ってお前が主に外で仕事をしているわけでもない。俺も同じだけ仕事をしている」
「うっ…それはだねー」

指摘されて言葉に詰まっていると、きゅうにくっという声が聞こえて
顔をあげた。
みるとローグが口元に手をあてて小さく笑っていた。

「!!」
「全く、仕方がない」

初めて見たわけじゃない。微笑む顔なら、たまに。
だが、声に出して嬉しそうに笑うローグの顔に、俺はびっくりしたような
胸の鼓動を感じた。
いや、とても驚いたわけではない。たしかに、少しびっくりしたけれど、
この胸の鼓動は、別の…。

「スティング?どうした?」
「あー、いや、何でもない。それより美味かったぜ、ごっそさん。
はー食った食った。」

食器を片付けて流しに置くと、レクターもそれに続く。

「ちょっと外出てくるわ」
「どこへ行く?」
「軽く散歩。レクターも行くか?」
「ハイ」

広げっぱなしの週ソラを片付けて、行儀悪く玄関からじゃなく、
開けっ放しの大きな窓から外へと出ると、とっぷり日が暮れていた。
あの金色の夕陽もとっくに山の向こうへと沈んでいた。
背後でローグが窓辺に立った気配がした。

「秋はつるべ落とし。」
「鶴瓶落としー?」
「それは丸メガネの人だ。」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ