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□ひかり と かげ
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side:ローグ


爽やかな風が窓から入ってくる秋の半ば頃。ぎらついた日差しはやわらぎ、遠く去っていく夏の香りの
かわりに落ち葉と涼しい風が秋を運んでくる。
木々の葉は色づき、鮮やかな色とは対象に散っていく無常の淋しさが足元をカラカラと
舞っている。

2人と2匹分の洗濯物を干し終えた俺は軽くなった洗濯かごを開け放っていた窓の側に置き、
立てかけておいた箒を手にとった。
家の側に生えている桜ともみじの木が、紅葉した葉を落としているのだ。
落ち葉はとっくに乾燥し、風に吹かれて軽やかに草の上を舞っている。
箒の先で葉っぱを集めて回れば、紅や黄色や茶色の山が庭の真ん中に出来ていく。
銀杏の葉はどこからかやってきたのだろうか。

家の周りをくるりと回るように掃き掃除をしていると、表のなだらかな坂になっている部分に
薄い金色が見えた。スティングが寝っ転がっているのだろう。
レクターとフロッシュの声も聞こえてくる。

数年前にスティングが突然の思いつきでこの家を建てた。
街の少し外れたところに、小高い丘があるんだ。すごくいい場所だから、あそこを
家にしようぜ。
仕事帰りに、ギルドを出たあとスティングが唐突に言い出したのを覚えている。
ただ単に同じ滅竜魔導士だから、という理由で一緒にいたつもりだったが、
スティングはなぜかあの頃から一緒にいるのが当然、という風に話しかけてきたものだ。

『なぜ一緒に住むこと前提になっているんだ。』
『なぜって…今更別居する意味もねーだろ?な、レクター。』
『スティング君…別居、というのはもともと一緒に住んでいる夫婦が別々に暮らすことを
言うんですよ。』
『フローもそーもう』

今思えばフロッシュが何に同意したのかはわからないが、スティングは勝手に俺の手をとり
この場所に引っ張ってくると、ギルドの仕事の合間をぬって
山から切ってきた木やレンガを使ってこの家を建ててしまったのだ。
頭脳労働者のルーファスが時々様子を見に来ては、設計のアドバイスをしてくれたのも
あるだろう。中々住み心地のいい家になっていた。


家から街の方に向かって低くなっていく坂に、時折寝っ転がって空を眺めている
スティングはきっと親の白竜のことでも考えているのだろうか。
箒を手に表へ出て行くと、スティングの薄い色の金髪がちらりと見えた。

「空が高ぇなー」
「秋の空ですね、ハイ」
「フロー秋好きー」
「スティング、お前もたまには掃除を手伝え」

スティングの頭の近くに立つと、上から見下ろしてやる。
頭の後ろで手を組んだ彼は、目を合わせるとにかっと笑って言う。

「落ち葉なんて、集めなくてもほっときゃいいんだよ。土に帰って栄養になっから。」
「だが、家の周りの手入れくらいは…」
「それよりローグもこっち来て寝っ転がれよ」
「俺はいい…っておい!」

突然手を引っ張られてバランスを崩した俺は辛うじてスティングの上に不時着するのを
免れた。
だが、転んでついた膝には落ち葉がたくさんついている。

「ほらほら」

スティングに促されて仕方なく彼の横に寝っ転がると、フロッシュが向こう側から
こちらへ移動してきて、俺の腹の上へ寝転がった。
フロッシュに踏まれたスティングは腹を押さえている。

「なーローグ、手、貸してみ」

右側からにゅっと伸びてきた手に、右手を掴まれた。
手は空の方向へと伸ばされ、長袖は重力でするすると腕を滑り落ちる。
スティングのより幾分か白い肌が風にさらされた。

「光って、白いだろ。」
「は?なんだいきなり。」
「俺さ、前どっかで聞いたことあるんだわ。白と黒は色じゃないって話。一説だけど。」
「それがどうかしたか?」
「ルーファスが言ってたかな…シアンとマゼンタとイエローで大体の色は作れるんだけど、
白と黒は無理なんだぜ」
「それなら知っているが、」
「白い光はいろんな色の光が集まってできるって話は?」
「知っている。」

スティングは決して頭脳派とは言えないので、時折こうして何の脈絡もない話を
始めることがある。
俺の手をとったまま。

「つまり白は光の色ってことだ。」
「へえ」
「お前興味ないだろ」
「ないな」
「白竜はつまりは光の竜ってこと。光と影。俺ら対の存在なんだなって」
「なんだそんなことか。随分無理矢理な理論だな」


空へ掲げられた手が疲れてきた。心臓より高い位置に持ち上げられた手に、
血液を送り届けるのはいつもより難しい。

「そんなことじゃねぇよ。見てみ?俺は白竜だけど、影ができる。俺の手の影だ。
お前は影竜だけど、お前の手にはちゃんと白い光が当たってる。」
「…そうだな」
「お前だけが影じゃないんだよ」

そう言ったスティングは手を離した。手を腹の上へと戻すと、再び勢いよく血が巡っていくような
気がする。傍らに横たわる彼はごろりと寝返りを打ってこちらへ向いた。
今度は反対側の肩へと伸びてきた手が俺を捉える。
仰向けに横たわる俺に抱きつくような格好で、スティングはふっと笑った。

「誰にでも影はある。お前、最近良く寝れてねぇんだろ?」
「…なぜそんなことを言う…」
「ガジルさんが言ってたぜ。大魔闘演武のこと。途中で何かがお前の体を乗っ取ったって。
影みてえなモン。それでお前の様子がおかしくなったって。」
「そのことか」
「ナツさんも知ってるみてぇだし…俺には話してくんねーけど」

スティングの拗ねたような口調に、どうやら話して欲しい様子が伺える。
当然といえば当然だろう。
別に他人を心から締め出しているわけではないが、あまり自分からオープンに接しようとしない
俺に、こいつはどうやって入り込もうかと常に窺っているのだ。
俺の様子をよく見ている。
こいつは誰にでもあけっぴろげに接するが、それでも拘って知ろうとはしない。
俺を除いて。
肩に置かれた手は胸を滑り、下へ。腰を捉えて自分の方へ引き寄せると、
俺の足に膝をからませた。
わざと逃げられない体勢にする。俺に、隠し事をさせないため。
イコール、俺に一人で溜め込ませないためである。

「…影は、未来の俺だ、と言った…この先、俺がスティングを殺す、と。」

フロッシュが腹の上で動いた。ローグー?と不安そうに見つめてくる。
きぐるみの頭を撫でて、そっと抱きしめる。大事な相棒。可愛いエクシード。

「フロッシュは殺させない…俺は闇になど、堕ちない。だが影はしつこく付きまとってくる」
「ローグくん…」

影は、俺の体で光を遮られた場所に、いつもある。目を開くと地を這うような声で
俺を脅かす。

「お前を殺して力を奪ったと、ナツは言っていた。そうしてあのエクリプスの扉を通って
こちらへ来たと。アクノロギアを倒すために…。何を思ってそうしたのかは理解できないが…
俺はあんな風にはなりたくない。やっと、新しい方向へ歩み出せたのに。」
「そうだな。俺の力が欲しけりゃ分けてやる。お前に殺されるほどやわじゃねえよ。
セイバーはもっと明るく、あったかくなるんだ。またお前に闇を背負わせたりしない」

抱きしめられた体の右半分はあたたかい。
俺を包む手に力が込められた。

「大丈夫だ。お前は俺を守る。フロッシュも。それで、俺はお前を守る。
それ以上も以下もない。余計なことは考えんな。」
「ああ…」
「これからギルドは変わる。もっと楽しくなるぞ?オルガもルーファスも
よく笑うようになったし、フロッシュだって怯えることもない。
だから、大丈夫だ。お前も。」
「そうだな…ありがとう…スティング」
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