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□マスターは白いモフモフなり
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さて、犬になったスティングは当たり前だがマスターとしてなんの役にも立たない。
今日の仕事は他のメンバーが肩代わりしなければならなかった。
ギルドのメンバーが犬を飼っていて、たまたま買い出しの帰りに寄っていたのでドッグフードなりおやつなりを少し分けてもらった。
執務室の床で今スティングはレクターとフロッシュに遊んでもらっている。体格差は多少あるがスティングの本能にエクシードへの愛情がすりこまれているため乱暴したりはしない。
フロッシュはスティングの背中にまたがって馬代わりにしてみたり、レクターはギルドの倉庫から見つけてきたボールを転がしてやったりしている。
猫好きのローグとはいえ、犬でも小さい生き物が戯れている様子を見るのは好きだ。約一名ギルドマスターが紛れ込んでいることを除けば十分癒しである。

そのうちスティングがボールを咥えてローグの足元にやってきた。足元に落としたり咥えて拾い上げたりして気を引こうとしている。
「遊んで欲しいのか?」
問うと、スティングは尻尾を振ってローグの膝に鼻先を乗せた。
これがスティングとわかっていなかったら、素直に可愛いと喜べたのだろう。
かわいいがなんとも複雑な気分になってボールを拾い上げた。
それをポンと部屋の向こう側へ投げると弾かれたように白いモフモフが駆け出して追いかけていく。
モフモフはボールを咥えて戻ってきた。
「よーしよしよしよしよし」
わしわしと撫でてやると殊更嬉しそうに尻尾を振っている。
「ほれ」
もう一度ポンと投げるとまた弾丸のように飛び出していった。
こういうことが嬉しいのだろうか。

そういえばスティングはいつも誰かに話しかけたりしている。無視されると怒ったりひどく落ち込んだりする。双竜が喧嘩中でも話しかけてきたりするくらいだし、基本的に仕事は誰かと組んでしか行きたがらない。1人でいるのが苦手な寂しがり屋で、かまってちゃんだ。ローグは四六時中誰かに構われるのが苦手で、少しは放っておいてほしいと思う方だが、スティングは四六時中構って欲しいらしい。
犬とは言い得て妙だ。
剣咬の虎はマイペースなメンバーが多い。協調性がないわけではないが、気まぐれでふらっとどこかへ行ったり帰ってきたり、好きに時間を過ごすタイプの人間が多い。大元が個を重んじるギルドだったので、仲間意識が芽生えたとはいえいい意味で個人行動が得意な連中ばかりだ。ローグもそのうちのひとりだと自覚しているし、ルーファスやミネルバもそうだ。
ユキノはスティングのお守りをしてくれる数少ないメンバーであったのだが、ソラノが恩赦を与えられギルドに加入してからは当然姉が優先で、このシスコン姉妹は長年離れていた時間を埋めるようにいつも仲良くしているので、流石にスティングに構う暇がなくなったようだ。
ということは、ひとりだけ犬属性のスティングは普段からもしかすると寂しい思いをしているのかも知れない。レクターはいるが、他の人間にも構って欲しいのだろう。
「俺は十分構ってやってるほうだろう?」

犬になったスティングに問うても答えは返ってこない。取ってきたボールを足元に落として撫でて撫でてと迫ってくるだけだ。
「よーしよしよし、よしよし」
わしわし、わしわしと白いモフモフを撫でた。
ぶんぶんと揺れる尻尾を見ながら、少しだけ悪いことをした気分になった。
こいつの気持ちなんて、今まで考えたことがなかったからだ。
「剣咬の虎だからな、ネコ科が多いんだろう。イヌ科のお前がマスターをやるのはさぞかし大変だろうな」
本当はそういう問題ではないが、なんとなく人型のスティングが帰ってきたら、もっとちゃんと構ってやろうと思った。



魔法は翌朝になれば解けるとのことだが、レクターとスティングを側から見れば監督者のいない二匹の状態で家に返すわけにもいかず、ローグはフロッシュに加えて2人を伴ってスティングの家に帰宅することにした。
ちなみに、ギルドで遊んでいた様子などは他のメンバーが面白がって動画に収めたりしているし、スティングにもあとでお仕置きのためローグ自ら魔道通信機で動画を撮っている。だが途中からローグになつき、健気にいうことを聞こうとする白いモフモフが可愛くなってしまいスティングとはわかっていつつ、思わずカメラを構えてしまう瞬間があった。
犬を飼うつもりはなかったが案外かわいいものだ。
といっても、ローグの中の不動の一位はねこだが。

食事はギルドで済ませ、帰宅して風呂に入る。レクターとフロッシュはローグと入るのに、スティングだけは入れてもらえず、風呂場の前でずっと音を立てていた。
ほんの数分もさみしいらしい。
犬にとっては時間の感じ方も違うだろうが、あいにくその辺は詳しくない。
ローグはスティングの子どもの頃に想いを馳せた。まだ大人になったほうだが、小さい頃はもっと甘えん坊だったのだろうか。スティングの話から聞くヴァイスロギアは優しいが威厳と迫力のある父親で、「父ちゃん」や「親父」というよりは「父さん」や「お父さん」なんていう呼び方の方が合っていると思う。そんな父親に絶えずくっついて甘えていたのだろうか。ナツのファザコンぶりを見るにスティングはあれほどでもない気がするが、彼の寂しがり屋はいつからなのだろうと思う。
生意気な若僧のイメージを持たれがちだが言葉遣いは丁寧だし、年上への礼儀は弁えている(ローグよりも)。白竜がきっときちんとしつけていたのだろう。物心ついた時から年上や偉いものには従順な気質であった。空気は読むし、人との距離の取り方が下手な男ではない。マスターをやっていけているのもひとえにそういったスキルのおかげかも知れない。ちょっと情けないが愛嬌があって、皆仕方ないなあ、と呆れながらもなんだかんだこいつを助けてやろうという気持ちになってしまうのだ。
その現象の権化たるものが、白いモフモフな気がする。
風呂上がりにドアを開けると、寂しそうな犬がしゅんとしてそこにいた。途中から静かになったのでどこかへ行ったのかと思ったが、うなだれているらしい。バスタオルを腰に巻くと、耳も尻尾も垂らし眉間を寄せて悲しげにしているスティングをパシャリと撮った。かわいそうだが、かわいい。
「すまん。あまりに悲壮感を漂わせていたからな。」
クーン、と寂しげな声をあげるスティングの頭を撫でてやると少し落ち着いたのだろう。
そこからローグは寝る前までスティングを構う羽目になった。
へそを上にしてお腹を撫でられている白いモフモフはところかまわず白い毛を落としている。
ローグの黒い寝巻きにもついている。
「まったく、手のかかるやつだな」
「わん」
「こら、夜だから吠えるな」
撫でられて嬉しそうにしているスティングを見て、しばらくローグも気が緩み、喜ぶモフモフのお腹をたくさん撫でてしまった。



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