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□マスターは白いモフモフなり
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顔を何か柔らかいものが蹴ったので一度意識が浮上した。フロッシュのかわいいあんよがローグの頬に命中していた。本人は気持ちよさそうに眠っている。ならば自分も、とローグも寝汚さではフロッシュに負けず劣らずもう一度幸せな二度寝の世界へ舞い戻ろうとしているところで、枕元に放り出した魔道通信機が鳴った。
「う“……」
ピカーンピカーンという音はスティングからの着信だ。こちらは寝ている時間だとわかるだろうに、迷惑なやつだ。布団に潜り込んだがまだ鳴っている。
「ん“う”…」
イラついて通話のボタンをタップすると地の底から這い出るような恨みをこめてやっと出る精一杯の声を絞り出した。
「ん…な…んだ…う”……こんな時間から……」
電話に出たのはレクターだった。
助けを求める彼の声に意識が一気に浮上する。
電話口に聞こえるはずのない犬の鳴き声も異常事態を物語っている。
ローグは普段持ち合わせていないスピードで起き上がると身支度を整えはじめた。


以前闇ギルドの魔導士の魔法にかかって2人して動物の姿に変えられ、妖精の尻尾に世話になったことがある。今回はスティング限定だが、似たような状況かもしれない。
彼の家のチャイムを鳴らすと中でわんわん、と吠える声が聞こえた。高い吠え声だ。
レクターが扉をあけてくれると、足元に白いモフモフがぶつかった。
「おまえは…」
ハッハッと荒い息をして尻尾を振っている犬がいた。

中型犬くらいの大きさで、犬種はよくわからない。毛足が長く相当モフモフしているので寒いところの原産にも見える。耳は垂れているがよく動くし、尻尾も同様だ。ローグが来たことで喜びがMAXなのか、家へ上がると数回飛び跳ねてくるくる回った。
「確かに…額の同じところに傷がある」
何より、寝る時さえ外さないはずのピアスがベッドの中に転がっていたのをレクターが見つけたらしく、疑いは濃厚になった。
「お前…スティングなのか…?」
「わん!」
返事をするが如く吠える犬。試しに撫でてやるとハッハッと嬉しそうな顔で体を寄せてくる。
「よーしよしよし」
しばらくこいつをスティングと呼ぶ必要がありそうだ。もし違って、人型のスティングが現れたとしてもネタにしてやればいいだけの話だし。

恐らく、昨日まで出ていた仕事で気づかないうちに魔法にかかったのだろう。マヌケなマスタースティングをギルドにお披露目してやろうとローグは暫定スティングの白い犬をギルドへ連れて行くことにした。
予想通り外に出すと先へ走っていきたがるし、あちこちいろんなものに気を取られるしでせわしなく落ち着きのない犬だ。
エクシードはいるが彼らはペットではないのでペット用品の類には明るくない。ローグが首が締まらない程度に影を操ってリード代わりにしている。
「走るな、飛ぶな」
リードを引っ張って首根っこのモフモフを掴みしつけの要領で言い聞かせると一瞬だけ大人しくなる。
それも束の間だ。
「駄犬め」
「まあまあ、元気がよくていいじゃありませんか」
冷や汗を流すレクターを見てなんだか泣きたくなった。スティングがまともに生きてきたのは70%くらいレクターのおかげではなかろうか。
「はあ…いつになったらこいつは大人しく大人になるんだろうな」
犬になってもこの有様だ。
走っていく先に肉屋の看板を見かけた途端、手元のリードが引っ張られる。腹が減っているのだろうか。
「こら!」
ぐいと影を引っ張って静止させると、スティングはキャンと声をあげて足を止めた。
「ダメなことをしたらその場で瞬時に叱るのが犬には効くらしい。ここで飼い主が引っ張られるがままになるといつまでも犬の中でヒエラルキーが変わらず、主人と認めないときいたことがある」
「なるほど。ローグくんは犬にも詳しいんですね、ハイ」
「毅然とした態度で接するのが基本だな。」
大人しく歩き始めたスティングの背中を見てローグはひとりごちた。
「普段からそうすべきだったか…俺は今まで甘やかすぎたのやもしれん」
「ハハハ…なにとぞお手柔らかに…」
ギルドまでの道中、スティングがローグの歩くペースを無視して駆け出しそうになったらリードを引っ張って叱り、拾い食いしそうになったら叱り、だいぶ叱られながら到着した頃にはスティングはすっかり大人しくなり、ローグのすぐ横を歩くようになった。
「おとなしくなったねー」
「ああ。さっきまで勝手に前を歩いていたが、ちゃんと横につくようになった。やっと俺を主人と認めたらしい。」
「ちょ、調教されているような…」
「いつまでも駄犬でいられては困る」


ギルドにつくとすぐさま寄ってきたいつものメンバーによってスティングは洗礼を浴びた。
「はっはっはっはっは!ひー!傑作じゃねぇかこりゃあ!」
オルガが大爆笑している横でルーファスがすぐさまスティングにかけられた魔法の解析を行った。結果は1日で解ける魔法、前にかかったものとさして変わらないという結論を出した。
「また食らったのかい?しかも今回は発動が時間差だ。対処する時間もあったろうに。」
「きっと食らった魔法の正体に気づかなかったのだろう。こうなるとわかっていたら相談するはずだ」
「相変わらず学習しないね。記憶とはつまり学習。スティングも少しは自分の身に起きたことを記憶をした方がいい。」
すぐに元通りにすることもできるが、このままの方が面白いので暫く放っておこうとルーファスが言い出した。
「スティングの本性が垣間見えるのではないかな?」
「本性?んなこと言ったって、いつもとそんなに変わんねーじゃねぇか」
オルガの指摘の通りだとローグも思ったが、ルーファスはニヤニヤと笑いながらローグを見ている。
「ここに来るまでにだいぶ躾けたようだけれども?」
「ああ。こいつはこのまま放置すればただの駄犬だ」
「でも君が根気強く調教すればスティングは言うことを聞く。これが本能的なものであるなら、普段のスティングを扱う参考になるだろう?」
「確かに、俺はこうなるまで普段のスティングを甘やかしすぎていたと反省したな」
この会話を揃って聞いていたアグリア姉妹は顔を見合わせて肩をすくめた。
「ひどいクオリティの会話だゾ」
「まあまあ…スティング様は元気な方なので」
「でも元気なだけが取り柄って寂しいゾ」
「い、言い過ぎですよお姉様…」
流石にフォローしきれず冷や汗のユキノの後ろから、ミネルバが顔を覗かせた。
「また犬になったのか?スティング」
ローグによって強制的におすわりをさせられていたスティングが新しいメンバーの登場により、また尻尾を振ってミネルバの元に駆け出した。
しかし今回は見ものだった。

「座れ」
ミネルバの一声でスティングの動きがぴたりと止まった。大人しくその場で腰を下ろし、行儀良くおすわりの体制になる。
「て、てきめんだな…」
「すばらしいね」
「さすがミネルバ様…」
「お嬢は絶対だな」
スティングの中でミネルバという存在は絶対であり、絶対服従であるらしい。ローグは心の中でミネルバに拍手を送った。かくいうローグもミネルバに逆らう勇気などないが。
「みやみやたらと擦り付くな。服に毛が付く。そなた、普段から動物の毛が目立つ服ばかり着ておったが、自分がそれになるとは思いもよらんかった、のう?」
スティングは大人しくミネルバの顔を見つめている。完全に服従している様子だ。
「言うことを聞かなかったらそなたも毛皮になると知れ」
スティングはぴくりとも動かない。
「ふむ、おぬしが良い子にしていれば何も怖いことはないぞ?」
ミネルバが座っているスティングの頭をわしわしと撫でた。
大人しく座っているが、尻尾が揺れている。調教完了だ。
「スティングのしつけは飴と鞭、か。記憶しておこう」
「参考になった。ありがとうお嬢」
「礼を言われることなどない。これはいつものスティングではないか」
「そうだな」

この一通りのやりとりにやれやれとしているレクターとあきれているソラノと、もう何もフォローができないユキノであった。



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