other2

□医者とホストの話
2ページ/2ページ

中央処置室で看護師が働く中、甥の男の子は寝かされた。
件の男は男子トイレに着替えに行ったようで、戻った時にはトレーナーにパーカー、ジーンズというごく普通の格好をしていた。それでも様になっているしラフな格好の方がいい男に見えた。
点滴やそのあとのことは看護師がやるので、もう医者の出番は終わりだ。しかしたまたま手洗いに行ったあと通りがかった処置室の入り口から覗いてみると、甥っ子の横に連れ添って男が心配そうな顔で子どもが眠っている様子を眺めていた。
しかし、彼も目の下にクマを作っているので寝たほうがいいのではと思った。
そう思案している数秒の間に彼が気づいたようで近寄ってきた。
「さっきはありがとうございました。こういう仕事してるってわかったら普段は結構風当たり強くて。親切にしていただいて感謝してます」
確かに、見た目がいいだけならチヤホヤされるがそれがその筋の人間だと分かれば偏見の目を持つ人間もいるだろう。
「いや俺は別に何もしてないが」
診察室を出て気を抜いていたせいか言葉が雑になってしまった。
なにせ小児科配属になってから相手するのは看護師か小さな子どもとその母親ばかりで同年代くらいの男はそんなに多くない。
しかし男は嬉しそうな顔で、なぜか少し目を泳がせたあと、ある紙を握らせてきた。
「あの…その、こんなこといきなり言って変かと思うんですけど、先生すごくかっこよくて一回お話してみたいなって思って…できれば友達になってほしいです…」
そういってバシャバシャと目を泳がせるとそれだけ言い残して戻っていった。
後に残されたのはLINEのIDが書かれた紙だった。
「は、はぁ…」
「あのー、俺ほんと周りホストとかいい加減なやつばかりしかいなくて…ほんと合わせるのしんどくて…先生って俺と同い年くらいでしょ?だからその…」
彼はいっぱいいっぱいといった様子で途切れ途切れに言葉を紡ぎ出した。話している様子に軽さは感じられず、むしろ変な追求をしたら余計におどおどしそうな様子だったので、ローグは珍しく手加減してやることにした。
「俺は28だが」
「え、本当!?俺も28だ…」
「まあ、受け取っておく。別に男相手に変な企みもないだろ」
「そんな、そんなんじゃなくて…ただ本当にお話したいだけで…」
「お前が思っているような奴じゃないかもしれないぞ。医者なんて頭でっかちなだけのクズばっかりだ」
「そ、そんな!先生…レクターのこともすごく親切に診てくれて…その、本当にありがとうございます。俺じゃどうにもならなかったから」
「当たり前だ。患者を診るのが医者の仕事だろ」
「はは…そうですね、でもありがとうございます。こんなナリで着た俺に…本当ありがとうございます。気が向いたら連絡ください。」
「はあ…まあ気が向いたらな。それよりお前、その状態で小児科なんかにいたら完全に風邪引くぞ。お前みたいな仕事は穴開けられないだろう。寝不足で高熱の人間の近くにいたら気合があったって風邪引く」
「あ、そ、そうですね…」
叱られていると感じたのか男はしゅんとして下を向いた。
…頭に耳が見えた気がした。
「体勢は辛いだろうが、点滴には時間がかかるから少し寝ていけ。甥っ子に枕元借りろ」
「あ、いいんですか?」
「点滴は終わったら看護師が針抜くから。そん時に起こすように言っておく。患者を増やすわけにはいかないだろう」
「ありがとうございます…俺なんかの心配までしてくれて」
「あのな。レクターくん…あの子の面倒見てるのお前しかいないんだろう。あんなにしっかりした子ならお前が倒れたら神経削って看病するに違いない、お前みたいなのがあんな子の世話になっていいと思ってるのか」
「あ、ハイ、そ、そうですよね。本当、ご心配ありがとうございます。馬鹿なんで風邪は引かないと思ってましたけど気をつけます」
「それは迷信だ。じゃあな」


その後何人かの診察を終えてふと診察室を出ると丁度帰るところの男と甥っ子に遭遇した。
心なしか少し顔色が良くなった子ども…レクターに目線を合わせて額に手を当てる。
男と手を繋いではいたがもう自分で立っていられるようにはなったようだ。
「まだ熱はある…けど頭痛いのは良くなったか?」
「ハイ…だいぶ楽になりました、せんせい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた子どもはこの歳にしてはハキハキ話す真面目ないい子だった。
よしよしと頭を撫でていると隣に立っている男が同じくレクターを優しげな目で見ていた。
…28なら別に子どもがいてもおかしくない歳だ。
医者の中ではそんなにいないが世間一般ではもう結婚してもいい歳だろう。
だが彼は独身で、なぜか姉の子を預かっている。それでもそれは嫌々ではなく、本当に大事そうな目をして見ていた。この子が可愛くて仕方がないのだろう。
…かくいうローグも同じようなものだったが。
「また受付で少し待たせるかもしれないから、寝てるんだよ」
「ハイ」
処方箋を出して会計と薬の受け渡しまで、また長いこと待たせるのだ。大きな病院は大体そうだ。小児科なら開業医のところに行った方がいい。
「お前、この子のかかりつけには小さなところへ行った方がいいぞ。総合病院の受付は待たされるからな」
「そ、そうなんですか?先生がそんなこと言っちゃっても大丈夫なんですか?」
彼はレクターの肩を抱き寄せ、もたれさせるようにしてやりながら目を丸くした。
レクターが彼の足にしがみついて、よく甘えているのを見て複雑な家庭環境ながらこの男がちゃんと子どもに愛情を注いでいるのが垣間見え安心した。
「俺は別に流れでここにいるだけで、子どもが診られればそれでいい。小児科医にはそういうのが多い」
「そうなんですね…教えてくださってありがとうございます。この子、あんまり風邪引かないもんで」
なんとなく、手洗いうがいを徹底していて冬場はマスクをしていそうな、そんな子な気がした。
「ああ。でもいざという時は開業医のところに行け。おたふくとかインフルは入り口別になってるし、そんなに待たない。薬も近くに薬局があってそこに行けば10分くらいで貰える。ここよりずっと早いぞ。」
「そうなんですか…ちゃんと調べておきます」
「ああ。」
視線を下にずらすとレクターが男の手を頬に擦り寄せて子どもらしく甘えていた。男はそれを快く受け入れて頭を撫でたりしてやっている。
このくらいの歳の男なんてものは子どもを可愛いと思うどころか扱いすら分かっていないのが殆どなのに、実の親のように可愛がっているようだ。
「…あんまり辛い思いさせたくないですね。今度近所のお母さんがたに聞いておきます。多分教えてくれるだろうから」
「この子と二人暮らしなのか?」
つい口をついて出てしまった。
患者のプライベートを詮索するつもりはなかったが、聞いてはいけなかった。悪い、という前に男はなんでもなさそうに言った。
「姉貴が22の時に産んで育てもせずに置いて出てったんです。最初は育てるって言ってたけどやっぱしんどくなったみたいで。実家だったけど、うち母親がいなくて。親父と俺で面倒見てたんですけど、親父も早くに脳卒中で逝ってしまって」
「そうだったのか、悪いな、聞いて」
「大丈夫ですよ。みんな知ってるんで。片親で子育てしなきゃなんない不安とか、姉貴の気持ちも分からなくもないけど…俺は姉貴と違って寂しがりなんでこんな小さな子でも一緒にいてくれないと困ります。もう殆ど俺の子みたいなもんで」
「そうか…」
気持ちはわかった。なぜならローグも同じだからだ。
「ずっと言おうか迷ってたんですけど、その…先生のご親戚?にうちの子と同じ小学校に行ってる子、いないですか?苗字たまたま一緒だったので」
ローグも、苗字は日本のものではない。顔立ちも黒髪ではあるが、目の色と肌の色が少し違う。
そのせいで余計に目立つ。
苗字はなんのことはなく、離婚した在日の母親の姓なのだ。そして両親共行方不明である。
「妹だ。腹は一緒だが、父親の方がわからない。目立つだろう?でも何人の子供かわからないんだ。ヨーロッパ系とは思うが。」
フロッシュは髪も目も肌も日本人とは程遠く、発育も遅れていてぱっと見日本語を理解できるのかわからないくらいだ。
勿論、聞き分けのいい子なので生活はできているが他人からしたら不思議な存在だろう。
「そ、そうなんですか、聞いちゃってごめんなさい…」
「構わない。妹もあんなんだから気にしてない」
もう7歳になるが、まだ舌ったらずでひらがなにも苦労している。学校でいじめられたりしているのも知っているが、時々助けてくれる男の子の話は聞いている。自分で言うのもなんだが、とてもとてもそれはそれは可愛い子なので、ガキどもがいじめたくなるのだろうと思っている。まだからかわれるくらいで済んでおり、おませさんながら姉のように面倒を見てくれる女の子の友達もいるようだから、定期的に忘れ物を届けに行くふりをして見守ってはいるが、いざとなったら何でもしてやろうと覚悟はしている。
「じゃあ、多分お母さんたちの噂になってるの…先生じゃないですかね。俳優みたいなスタイルのいい男の人が時々可愛い給食袋とか体操着袋届けに来るの見るって、PTAやってる人が」
「さあ、俺かどうかは知らんが、忘れ物を届けに行くことは結構あるな」
「じゃあそうかも」
「それより、あんまりこの子を立たせておくな。」
「ああ、はい。ほらレクター、抱っこ」
男はレクターの方へしゃがみ手を差し出した。
点滴で少し持ち直したせいか、人前で抱っこされるのはもう恥ずかしいのだろう。首を横に振っていたがしんどいだろう、と諭されて結局男にしがみついて抱き上げられていた。
彼がレクターの目を見て諭している様子を見て、この子が礼儀正しいのは意外にもこの男がきちんと躾けているからではないかと思った。
レクターを抱き上げた男は大事そうに背中を撫でてやり軽く揺すってやっている。
「ふふ、レクターが、フロッシュは僕が助けてあげないと男子がみんなしていじめるって。学級委員なんですよ。」
目の前の男から自分の可愛い可愛い妹の名前が出てくるとは思わなかったので、少し身構えてしまった。
「おい…そいつフロッシュに何かやましい気持ちでも」
急に声が低くなったせいか男がたじろいだ。
「ちょ、ちょ、先生意外とすっげえシスコンですね!?そんなんじゃないですよ、典型的優等生なんでほっとけないんですよ」
「…なら構わないが………」
ローグが渋面を作っていたせいか、男が苦笑いをした。男の背中でレクターは眠っていた。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ