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□医者とホストの話
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その日は突然のゲリラ豪雨だった。
東京上空ヘリからの中継で一部にだけ降り注ぐ雨のベールが物々しく、運悪くその下にいたローグはハンズで大ぶりの傘を買い直して外に出た。
傘は家にあるが、職場にもう一本置いておいても構わないだろう。下手にビニール傘をかってもすぐダメになるし、時間があったのでいくつか手にとって気に入ったのを選んだ。
それにしても男性物の傘は黒やネイビー、カーキなどつまらない色ばかりだ。
横を俯いて雨粒の重さに耐える小学生が一人すれ違う。
綺麗な水色に葉っぱの傘をしたカエルが端にちょんと描かれていたのが目に留まった。
そういえば幼い頃はめいめいの傘を広げて集団登校すると、カラフルな花がいくつも広がったようで楽しかったっけ。

取っ手のしっかりした大きめの黒い傘の絵を握りしめて、雨粒が叩きつける、打ち直しが必要なアスファルトのくぼみを避けるようにして歩いた。
珍しく外食を済ませて戻ると、午後からの外来の診察に出る。
子どもはこの時期いわゆるプール熱と言われるアデノウイルスをやることが多いのだ。
この子どももそうだった。
ゲルマン系と見紛うばかりのまばゆい金髪の男。
彼が連れてきたのは小学校へ上がったばかりに男の子だが、殊勝で診察を嫌がることもない。だがローグの気を引いたのは別のところだった。病院に似つかわしくない派手なスーツに髪型、どこからどうみても、誰がみても一発でわかるその職業。だがバッシリキメた服もヘアスタイルもずぶ濡れで台無しだ。素材が素材なので水も滴ると言ったところだが、正直水も滴るいい男というのはそう見えるようにグラビア紙やドラマが作るものであって、実際に何の手も入れていない天然のずぶ濡れイケメンというのは別に大したことはない。
見た目は。

「バスタオルを用意してください。保護者の方が風邪を引かれると良くないので…」
背後にいたパートの看護師に声をかけると親切に奥からバスタオルを持ってきた。
「ああ、いや、俺は全然大丈夫なんで」
「でもお風邪を召されますよ。抵抗力が弱っていたら子どもの風邪なんて強いですからひとたまりもないでしょう、寝不足のようですし」
明け方までのシフトの後連れて来るように頼まれたのだろう。
スティング・ユークリフ…国籍は日本の方だがおそらくは外国の血の方が濃いハーフだ。
日本語は流暢で、仕草やちょっとした話し方の端々にも日本人らしさが出る。顔が完全に外人なので不思議なものだ。
彼が連れてきた甥らしき男の子はクォーターなため、濃いめの茶髪であり、より顔立ちが日本人らしい様子だ。だが姓は彼と同じユークリフで名もレクターだ。
「今日俺2部上がりなんで着替えて来るつもりだったんですけど、外降ってたんでどうせ濡れるしスーツ洗うつもりだったんでこのままで来ました…着替えはあります」
子どもが濡れないよう抱っこしてきたのだろう。
男の方は傘から大幅にはみ出たようで、どこがはみ出ていたのかわかるほど濡れた形跡がある。
いかにもチャラそうな見た目だが、話し方はハキハキとしていて案外まともそうな様子だった。
口を開けばローグの方が案外雑な言葉遣いなので、偏見は持つものじゃないと思った。
「あの…この格好じゃまずかったですかね。目立つし、酒とタバコの匂いするし…」
「うーん、お子様がいらっしゃるので、目の前でお酒やタバコなどは控えた方が」
「ああいや、俺は吸わないんですけど。酒も弱いんで来る前全部吐いてきましたし」
「ならこんな雨ですし致しかたないんじゃないですか」
なぜそんなことをわざわざ聞くのだろう、そりゃあ大学病院だが小児科に来るのだからあまり夜の匂いを纏わせて来てくれるなと思うが、ひそやかな違和感があって丁寧に答えてやることにした。
なぜならこの目の前の男は甥ともどもひどく根の真面目そうな男だったから。
「お子様には少し点滴を打ってから帰っていただきますので、その間にお着替えになってはいかがですか」
ホストなら行き帰りの私服があるだろうし、ホストスーツで出てきたならカゴに入れている紙袋の中身は私服だと見た。
「お気遣いありがとうございます。」
男はははぁ、と言わんばかりに恐縮して頭を下げた。ホストというよりどちらかというとタレントの扱いに慣れた業界人のような雰囲気がした。
そして普段そこまで保護者に愛想の良いタイプの診察をしていないローグがわざわざこの男をよく観察しているのが、嫌でも目に入って来るからだ。
目がよく合う。甥の方を診察している間も、普通なら子どもの方を見るだろうに、見ている視線の先はローグだ。
何がそこまで気になるのだろうか?
普段相手する母親たちになら理由はある。有難くも迷惑に生まれつきの見てくれが少々作りの良い造形のため、顔をじっと見つめて来るのが多いのだ。
モテるわけではない。人と話すのは苦手だし、子どもや猫は大好きだが、汚れきった大人の機嫌をとる気にはなれなく、人嫌いのせいで壁があると言われ、挙げ句の果てに少し話すようになった人間からはモテそうなのに彼女いないの、絶対お前が人嫌いオーラ出してるからだよと言われる始末である。
まあ…構わないのだ。かわいいもの、か弱いもの、これからぐんぐん育っていくだろう眩しいものたちに囲まれていれば自分は幸せだ。
子どもが元気になっていく姿を見るのが好きだ。
だからこの仕事をしている。
この仕事に見てくれは必要ない。
清潔感と、ミスをしない慎重さ、それからなによりも子どもへの愛情だ。それがあればいい。
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