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□その線を超えて
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試合終了の笛が鳴り響いた。ジャージを着た体育教師が授業終了の合図をする。
教師は号令もせず、グラウンドに散らばったコーンを片付ける指示だけして手元のノートに何か書き込んでいた。
恐らく、成績表。

成績といえば…
広いグラウンドの遠く、四方に置かれた目印のコーンを拾い上げている金髪の青年に目をやった。目一杯走り、汗をかいた彼は体操着の袖で首に流れる汗を拭いながら同級生に笑顔を向ける。実に爽やかだ。
彼は体育ではパーフェクトの成績をとっているだろう。…他は知らないが。
ふと、彼がこちらを見たので思わず目を逸らした。
彼の瞳は何故だかいつもキラキラ光っているのだ。それはとっても綺麗、というよりはレーザーポインターのようにローグの瞳を射抜く。遠く離れていても。

咄嗟に目を逸らしたのはわざとらしかっただろうか。片付けるものがなくなったので
切り上げようとしていると、ゆっくりと斜め前あたりから歩いてくるジャージの生徒がいる。細くて柔らかい髪質の金髪を後頭部で括ってまとめ、前髪の横だけ肩に流れさせている。体操着が可哀想なくらい似合わない彼はいつでも半袖を着ようとしなかった。
「今日も活躍していたね。お疲れ様」
「別に目立つようなことはしていないつもりだが」
眉をひそめると、ルーファスは意味ありげに口角を上げて更衣室へ向かうローグのすぐ横に並んだ。
「アシスト8回、うちシュートにつながったのは5回。その成功したのは全て君のアシストで彼が入れた。」
得意げに言うのでローグは天を仰いだ。
まったく、暇なものだ。
「そんなことを数えている暇があったらもう少し動いたらどうだ。」
「私は作戦を練るのが専門」
「けど心理戦は得意だろう。図体的にオルガが一番厄介なんだ。あいつとは仲がいいんだろう、どうにかしてくれ」
「いやだよ。君と彼じゃないけどオルガだってある程度私のことはわかってるんだから。やるだけ無駄だね」
涼しい顔をしている汗ひとつかいていないルーファスは、腕を組んで言った。
「私が思うに君と彼は大分相性がいいように思えるけどね」
「どこをみたらそうなるんだ」

ローグとしてはこの話をさっさと終わらせたかった。なぜならあの日からルーファスは事あるごとに彼のことを話題にあげる。
それもそのはず、スティング・ユークリフはその日の授業が終わると同級生の誘いをすべて断ってローグを迎えに来るようになったからだ。
周りがざわざわしはじめているのも知っていた。
目立ちたくなかったので、終業後すぐに教室を離れ早足で帰途を急いでもたちまち後ろから追いかけてくるユークリフにつかまってしまう。
彼は強引にこそしないが、なぜかローグを断らせないようにするのがとても得意だった。

「相性がどうこう以前に俺はこれ以上奴と関わるつもりはない」
「えぇ?どうしてだい?」
ルーファスがわざとらしく首をかしげて声を上げるのでローグはこいつ、と思いながら顔をしかめた。
「これ以上目立つのは御免だ。俺は静かな生活を送りたい。あんなのとつるんで周りからやいやい言われるなど耐えられるわけが」
「あのね、言わせてもらうけど元より君は自分で思っているほど周りに放っておかれているわけじゃない。それに彼の気持ちを考えてあげたらどうだい。私から見るに彼は時々とても辛そうな顔をしている」
「だったらさっさとやめればいいだろう。これといって特筆すべきところのない、しかも同性に、しつこく構うほど暇でもないように思えるが」
「そういう態度が彼を困らせているんだと言っているんだよ。彼には恐らく君が思っているようなこと以上の理由があるんだろう」
「なんだそれは」
「そんなのは知らないよ。彼に聞いてみればいいじゃないか。毎日顔を合わせているのだから」

なぜここにはいない奴のことでルーファスと口論しなければならないのか。
馬鹿らしくなって首を振るとローグは更衣室の扉を開いた。
人が溢れかえっていて実に不快だ。
汗をかいた図体のでかい野郎共が詰まっているのだから余計に。
その人混みの中に彼もいた。
金髪の彼は集団の中でも特に目立って見えた。

幸いロッカーは遠かった。なるべくそちらを見ないようにしてさっさと着替えることにした。そちらを向けば必ず目があう。そうわかっていたからだ。
隣のルーファスはジャージを脱ぐと、相変わらず涼しい顔でそれを畳んでどこかのブティックだかの紙袋に詰めた。
下には制服のカッターシャツを着ている。
「お前いい加減カッターの上からジャージ着てごまかすのやめたらどうだ」
「いやだね。こんな大衆の中で着替えをするなんて御免だよ。それに汗はかかないから平気だ。」
「あのなあ…」
「君はよく平気だね。この掃除の行き届いていない汗をかいた男どもが押し競饅頭になっている不衛生極まりない場所で素肌を晒すのに」
「だいたい下に着てるから別に裸になるわけじゃない。まあ俺も不快だが仕方がないだろう」
「はあ…前に話しただろう? 痣のこと」
「ああ。それなら俺もあるぞ。ほら左肩に。」
「君のは黒っぽいだけじゃないか。私は変な色なんだよ」
「そうなのか?まあ、お前くらい肌が綺麗だったら痣は目立つだろうな」
「しかも大きいし。少しくらいなら私だって別に乙女ではないから気にはしないが、この大きさとなると…ああ、ちょうど君の肩くらいのはあるかな。形も似ている」
「逆三角形?」
「そうなんだよ。正しい位置から見ればね。」

そうしてなぜだか2人に共通している大きな逆三角形の痣の話をしていると、先に着替えを済ませた隣のクラスの連中の一団がどやどやと更衣室を出て行った。
少し広くなり、静かになった部屋に残っているのはローグとルーファスと、そして同じクラスのゆっくり着替えていた数人。
あとは…スティング・ユークリフ。

「なあ…ちょっといいか?」
振り返るんじゃなかった。振り返ったらそこにいたのだ。一瞬で目があった。
猿じゃないけれど、目があったら終わりなのだ。
「な…なんだ、俺は次の授業が」
言い訳をして逃げようとすると、ユークリフは苦笑いしながら言う。
「次は昼休みだろ」
「…そうだけど、あ、ルーファスと昼食をとる約束を」
「ああ私には構わないで。いいよ、彼と行ったらどうだい」
またわざとらしい言い方だ。付き合いの浅い人間なら人当たりがいいと称すのだろうが、少し仲良くなればわかる。今のは確実に面白がっている。
こいつ…
「まあ、そういうことなら…仕方ないな」
「仕方ないってなんだい、彼に失礼だよ」
「ああ、そ、そうだなすまない。今のはなかったことに」
「別に気を遣わなくていいよ。ちょっと話がしたいだけで。弁当持ってきてる?食堂?」
「持参はしている」
「ああ…悪い、俺いっつも食堂なんだ。来てもらっていいかな?」
「構わないが…」
あの人がうじゃうじゃいる食堂で話をしろというのか。

「じゃあ後で食堂で。」
にこりと笑った彼はネクタイを結ばず適当に首に引っ掛けたまま体操着の袋を持って出て行ってしまった。
「委員会って言えばよかった…」
「君入ってないじゃないか」
「先生に呼び出されて…」
「どんだけ彼と話すのが嫌なんだい」
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