other2

□その線を超えて
1ページ/8ページ


その線を超えて

・現代学パロ、転生もの



1


沈んでいく夕日のオレンジ色の光に照らされ、アスファルトに長い影がのびる放課後の校舎裏。
遠くのグラウンドの方から居残っている野球部の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

真正面に立つ相手の顔は逆光で薄暗いのに、ブルーの瞳だけが濃く強い色に光っている。
輝きの強い真っ白な光の矢で貫かれたように、ただ見つめられて立ち尽くすことしかできなかった。
ローグは驚きと動揺の中で、ただ相手に自分が二言三言答えたその内容だけを辛うじて覚えていた。
後のことはすべて、その光景に飲まれて消えていってしまった。
瞼の裏には夕日に染まった金髪と、光を放つブルーの瞳と、そして彼が言ったその一言しか残っていない。

「はぁ」
昼休み、窓際の居心地の良い席で椅子だけ後ろにひっくり返して一つの机に二人で向かい合い食事をとっていた。
何気なくついた溜息に、向かいの淡い金髪のクラスメイトが片眉を上げる。
「何かあったのかい。朝から様子がおかしいよ」
「ああ…」
昨日起きたことをそのまま伝えるべきか迷って、やめた。
朝コンビニで買ったサンドイッチの包みをあける。上手く開けられずに途中で引っかかったビニールを見て
顔をしかめる。
「いつもそれだね。君、料理はできるのになぜ買い弁なんだい?」
「朝は弱いんだ…遅刻しないようにするだけで精一杯だ。夕食はちゃんと作ってる」
「ならいいけど。それで?いつにもまして元気がないのは理由があるんだろう、」
ルーファスはさして心配そうでもなく、ただ純粋にローグの様子がおかしい理由に興味を持っているようだった。
「ま、まあ…。ところで、お前は隣のクラスの…ユークリフを知ってるか」
「突然だね。彼なら知らない人はいないんじゃないかい。学年的に有名じゃないか。」
ルーファスは手元の保温ボトルを開けた。コップにあたたかい茶が注がれる。ダージリンの香りがふわりと漂った。

「話したことはあるか?」
「彼、と?いや、ないね。」
「そうか…」
「何だい、彼と何かあったのかい?君とスティング・ユークリフの間には特にこれといった交友はなかったと記憶しているが。」
「ああ、ないな。」

ルーファスの言う通り、ローグと隣のクラスのスティング・ユークリフとは何の交友もない。
ローグは彼に関して、「どこにでもいるような、クラスの中でとりわけ目立った存在」というくらいの知識しかなかった。
ルックスもよく性格も明るくバイタリティーに溢れており、女子に人気があるようだということくらいしか知らない。
そしてこれは誰でも知っているようなことだった。
いつも左耳に白いストーンのピアスをつけていて制服の着こなしもラフだが、校則違反はそこそこその程度で
特に問題を起こしたなどという噂は聞かない。

「奴に関して何か変な情報が流れていたりはしないのか」
“変な”というわざと婉曲的な表現を使ったのはルーファスに昨日何があったのかを悟らせないためだった。
洞察力と記憶力に関して人一倍優れているのはよく知っている。
「変な情報?釈然としない言い方だね。私は誰がどうしたとかいう噂には興味が無いから知らないよ。
君が知らないということは私も知らない。」
「そうか…」
「君の方が知っているんじゃないか?体育の時にチームが同じになっていたじゃないか。君が彼と会話を
交わしているのを何度か見かけたよ。記憶している。」
「あれは試合のための事務的な連絡事項だ。個人的なことは知らない。」
「ほう、君はスティング・ユークリフに関して何か個人的なことを知る必要に迫られているのか。」
「あ、いや…別にそういうわけでは」
ローグの言葉を目ざとく捉えてルーファスが笑った。逃げようとしていたのに足を引っ掛けられてひっくり返された気分だ。

「詮索するつもりはないが…彼のことを知りたいなら直接聞けばいいんじゃないかい、幸い彼は君に
好意的なようだし」
「ルーファスにはそう見えるのか」
ルーファスが口にした言葉に、ローグは目を見開いた。
「ああ、そうだね…彼がわざわざ君を選んで話しかけにいっているように見える場面を何度か目撃したから。」
「わざわざ?たまたま近くにいたからじゃないのか、」
ペットボトルの緑茶を口に運びながらそんなことはないという風に反論すれば、ルーファスが喉の奥で笑う。
「試合が終わって、コートの端にいた軽い面識程度の君に話しかけにいくのも不自然だろう、
彼には他にも仲の良いクラスメイトがいるのに。」
「だからその内容は連絡事項だ。次の試合はいつだとか何分休憩だとかそんなことだ」
ローグはスティング・ユークリフと交わしたほんの少しの会話の詳しい内容は殆ど覚えていなかった。
「なるほど、ね…」
ルーファスはローグのその言葉を聞いて、何かわかったという顔で余裕たっぷりに紅茶を飲んでいる。
「何がなるほどなんだ。」
「今までの話を総合すると君が悩んでいる理由は大方検討がつくよ。ただそれ自体がかなり大それたことだから
私も言い当てようにも戸惑っているのだが。」




その後ルーファスに見事に言い当てられたローグは、黙ってうつむくしかなかった。
『で、どう答えたんだい』
『突然過ぎてよくわからないから…考えさせてくれとしか言っていない』
『いつまでに答えると?』
『一週間考えてくれと言われた。来週の同じ時間までに答えが欲しいと。…全く、一週間やそこらで考えられるものか?』
相手は男だぞ、と付け加えてローグはもう一度溜息をつく。
『もっと別の問題があるだろうが。』
『まあまあ、確かに当事者にしてみればそうかもしれないが、広い視野で見れば性別など瑣末な問題だ』
『そうでもないだろう。実際に当事者になってみろ、』
『私は何度かあるよ。』
『ああ…そうだったな…。』
ルーファスは事も無げに言って、それから、すべて断ったけどね、と肩をすくめた。
『だがお前の場合と俺では違うだろう、俺は生まれてこの方性別を間違えられたことなど無い』
『失礼だね、私だって最近はないよ。それに制服を着ているんだから性別を間違える生徒などいないだろう』
その通りだ。相手が性別を間違えているなんて馬鹿らしい可能性は真っ先に消える。

『まあな、俺も別にそこに拘っているわけじゃないんだ。ただ何故接点のない俺なのかがわからない。
相手の真剣さからして、まさか罰ゲームなんてことはないと思うんだが』
『罰ゲームって、君ねえ…。』
昼食を終えたルーファスはデザートのフルーツの皮を剥きながらクスクスと笑う。
『接点がない、ということは顔とか…容姿で選んだ可能性が高くなるだろう?まあ、まさかとは思うが』
『そうだね、少女漫画的展開のお約束なんかがそれだ。あまり話したこともないのに年上の格好いい先輩を
好きになるという。』
『俺には理解できん、重要なのはどういう人物かだろう。確かに容姿もある程度は関係していると思うが』
『世の中にはいろんな人間がいるからね。容姿や仕草、噂などで自分に都合のいい理想像を作り上げて
想いを募らせるような人間もいる。一概には言えないだろう、』
『それが奴だって言うのか』
『さあ、それは本人に聞いてみないと。』
ところでメールアドレスか何かはもらったのかい、と訊かれて俺は何ももらっていないと答えた。
『今どき珍しいね。』
『同感だ。現代っ子のように見えるがな…。』


そしてこの会話の数時間後、家で待っているフロッシュのために早く帰ろうと荷物をせっせと鞄にしまいこみ
ルーファスに手を振ったあと教室を出てそこに立っている人物に、また立ち尽くすしかなかった。
「よう、」
「ユークリフ…何だ、返事はまだ…」
「いや、それはまだでいいよ。今日はその…話がしたくてさ。帰る方向一緒だろ?マンションの方だよな?」
「あ、ああ。そうだが。」
「俺も向こうなんだ。行こう、」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ