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スティログ



いつだったか、もう随分と前に渡された合鍵をポケットから取り出す。そのままでは無粋なのでと、茶毛の可愛らしいネコのキーカバーがつけてある。
頬の毛がふさふさした縞模様のネコは、そのものではないがレクターに少し似ていてラバーの凸凹を指先でなぞりながらそれをまじまじと見た。
見慣れているゆえに普段何の感慨も持たないものだが改めてこうして見てみるのは、彼が別れる直前不安そうな寂しそうな顔をしていたからだろう。

感染るものではないと言い聞かせたがそれでもスティングは首を縦に振らなかった。過保護なところがあるのは自分でもわかっている。対等な立場であり相棒であり友達であっても、猫達は常に自分が守ってやるべき存在であり、まるで自分の子供のように甘やかしてやりたい存在だから。
何となくスティングが考えているようなことを察してローグはレクターとフロッシュをギルドに残すとルーファスに一言二言、仕事を頼み牙を剥く大きな虎の尻尾の方向へ、ギルドの裏手へと回った。
剣咬の虎を囲むようにして円形になっている街の外側へ向かって大通りを抜け少し細い道に逸れるとスティングの住んでいる簡素なアパートが見える。
ギルドにはマスターの居住スペースもあるのだがスティングはそこをミネルバに譲ってそのまま以前と同じアパートに住み続けていた。

あまり帰らないからといっても建てつけの悪い上にストーブすら置かないアパートに住んでいては、この時期はひどく冷えているだろう。
ため息が白い煙となって宵闇に消えていくのを目で追うと、澄んだ夜空に小さなダイヤの粒がいくつも輝いていた。
誰かの瞳のようだと思って、目を伏せる。

使い古した鍵は油をさしたかのようにするりと鍵穴に滑り込むと小さな音を立てて錠を解いた。
部屋の中は真っ暗で、外と気温は変わらない。
明かりをつけるとワンルームの片隅に置かれたベッドにはもこりと布団の山ができている。
「はあ…」
ローグはベッドの傍らに立って布団の端からチラリと覗いている金髪に迷いなく手を伸ばした。片手を自分の額に当てもう片方をスティングの額に当てる。じんわりと熱い。指先も自分の額も冷えているせいで意味はなかったが彼の額が熱いのだけはわかった。
「…ん…つめたい…」
首筋に手の甲の方を当て熱さを確かめているとスティングが肩を竦めて布団からゴソゴソと顔を出した。
「…ローグ…?」
「なんとかは風邪をひかないらしい。よかったな、お前は馬鹿じゃないようだ」
布団の隙間から薄手のカットソーが見えた。それがスティングが持っている私服の中で一番布が多いものだとローグは知っている。それでも肩口の少し手前まで、鎖骨に沿うように広く浅く空いた首元は寒そうで、手をやって温度を確かめると彼はまた肩を竦めた。
「冷たいってば…」
「こんな服じゃ冷えるだろう」
羽毛布団をかぶっているが毛布はない。頭まで布団をかぶって丸くなるのも無理はないだろう。
ローグは携えてきた大きな荷物から分厚いカーディガンを引っ張り出すとスティングを起こした。
「とりあえず着ろ。でないと余計熱が上がるぞ」
前髪を下ろしたスティングは幾分か幼く見えた。たれ目のくせに眼光の鋭い目つきは今は少し柔らかくなり額の傷は金色の髪が隠している。
何か足りないような気がするのは耳を飾るピアスがないからだと知っている。
ローグは「素」のスティングを知っている数少ない1人であった。
ぼーっとしているスティングの腕に袖を通してやり前のボタンを1つずつかけていくと彼はこほん、と乾いた咳をした。風邪の咳独特の、胸のあたりがひゅうと鳴るような咳で、昨日よりだいぶ悪化していることがうかがえる。
カーディガンを着せるとスティングは体が辛いのか、促される前にゆっくりとベッドに身を沈めた。
羽毛布団をくしゃりと丸めて体の前で抱きかかえている。
「レクターは…」
「ギルドにいる。大丈夫だ」
「ん…」
スティングは返答こそ簡単だったがあからさまに安心した顔をした。
普段甘やかしすぎだのなんだのと、ローグに散々言うくせにレクターのこととなるとスティングだってそう大して変わりはないのだ。ローグはそう思っている。
風邪の自分の世話をするよりも、明るく温かいギルドで仲間たちと楽しく過ごしていて欲しい、目がそう語っている。
「熱測れ、食欲はどうだ?」
スティングの家には体温計というものが存在しないので自宅から持ってきた水銀式体温計を手渡す。
「あんま食べたくない…」
「そうか…なら簡単な粥がいいな」
かつおだしと塩を入れただけの柔らかいお粥…白米、とくに白いものが好きなスティングのために卵は入れない。

熱をそれほど高くなく、38度を超さないくらいでいつも体温の高いスティングにとっては高熱ではない。それでも乾いた咳を繰り返し熱に浮かされた瞳の視線が定まらないのが気の毒で額に手を当てた。
スティングがすう、と息を吐く。
「冷たくて気持ちい…」
「冷却シート、貼るか?」
「ううん、ローグの手がいい…」
引き止めるようにローグの手の上に重ねられたスティングの手は温かった。関節が太く骨ばって血管の浮いた手がローグの手を握っている。
アームカバー越しに見ることが多いスティングの素手が好きだった。
何も着飾らない「素」のスティングの一部だ。
「粥を作ってくる」
「ん…」
閉じられていた瞳がうっすらと開いた。
離そうとしたローグの手を引き留めるので、立ち上がれなくなって困る。
あやすようにスティングの額の髪の毛が彼がいつもやっているように後ろへ撫でつけて額を触ってやるとスティングは少し笑ってローグの手を握り直した。
熱で霞のかかった瞳がきらりと光ったような気がした。雲の切れ間に見えた月の光のようだった。
「ローグ、」
彼が小さく手招きしたので顔を寄せると力ない両手が背中に回ってきた。
「ローグ」
いつものように情熱的な抱擁ではなく、誘惑的な愛撫でもなく、小さな子どもが母親に甘えるように体温が欲しくてしがみつく、そんな些細なもので、ローグは言いようもない庇護欲のようなものを掻き立てられた。

髪を撫で指を絡め合ったまま静かに時計の針が音を立てるのをずっと聞いているとスティングはいつの間にか小さな寝息をたてて眠ってしまっていた。
惜しい気がしたがそっと絡めていた指を解いて立ち上がった。手の中からなくなった体温が寂しかった。




粥を少しばかり食べたスティングはローグの持ってきた薬を苦い顔をして子どものようにゼリーでごまかしながら飲んだ。そしてすりおろしたりんごを少しばかり口直しに食べて、ベッドに戻った。
妙に手前をあけて横たわるのでその言外の要求になんだか絆されてしまってローグは防具やベルトだけを外して何ともなしに狭いベッドへ入った。
自分の体温の低さがスティングを冷やしてしまうのではないかと思ったが、底抜けに温いスティングの体温はそんなことでは奪われるはずもなくただ布団の中がぽかぽかと温かいだけだった。

何も言わずただローグに好きなだけ甘えてスティングは気持ちよさそうに眠りに落ちた。営みのあとローグを甘やかしたがるスティングの気持ちが少しばかりわかった気がした。
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