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□ボツ小説供養
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長編の第二弾にしようと思って挫折したもの





夏はすでに遠ざかっていた。季節は枯れ葉の踊る秋へと、流れていくはずである。
「あちぃ…」
隣でスティングが唸った。
そのつぶやきに無言の同意をして、乾燥したレンガがひろがる地面にへたりこんだ。

下車してもう20分は経っただろうか。
気分の悪さは一向におさまらず、外に出たのに生ぬるい空気は酔いを覚ますのに大して役に立たなかった。
乾燥しているのに、むわっとするような気もする。
夏はもう終わったはずなのに、余計なものだけを残していったようだ。
剣咬の虎がある街はもうすでに少し肌寒くなっていたのに、この地方ではまだ風が上着の出番に待ったをかけている
ようである。
「もう少し、涼しい場所が…あるといいんだがな」
吐き気に加えてめまいと頭痛。滅竜魔導士の宿命と言ってしまえばそれまでだが、他の魔道士にはわかるまい、
この辛さは。毎度遠出するたびに笑われるか情けないと叱咤されるかだが、当事者にとっては死活問題なのである。
何しろ、一度汽車に乗ればその後数時間は下車後も動けないのだから。
「なあローグ、水、あるか?」
荷物も少なめに、いつも身軽な格好で移動する片割れは苦しそうに喘ぎながら手を伸ばす。
「あるが、多分、ぬるくなっている…」
冷たい水をコップに一杯。それだけでも治療薬になるのだ。
だが生憎携帯している飲料水は保冷されていない。
「冷たい水…探しに行くか」
「そうだな…俺も飲みたい」
ふらふらと立ち上がった。早くこの気分の悪さから解放されたかった。幸いここは街だ。
冷たい水くらい、カフェに立ち寄れば真っ先に出てくるだろう。



スティングの前にひとつ、そして俺の前にひとつ。結露したグラスが置かれた。
ウェイトレスが軽く礼をして去っていく。
大きな氷がごろごろと入ったグラスを口に運べば、冷たさが喉を通って体の隅々にまで染みわたるようだ。
「ぷはぁ、生き返る」
スティングは一息で飲み干してしまうと、テーブルの端に置かれている水のお替わりのボトルを引き寄せた。
多分、二人であの大きなボトルに入っている水を飲み干してしまうだろう。
「水だけ飲みに来た客みたいだな」
「はは、そうだな。けどこれがなきゃまず動けねえだろ」
少し元気を取り戻し始めたスティングは片耳のピアスを揺らして笑った。

今度の仕事は指名依頼だった。
依頼人は地方の街の有力者貴族であり、内容は主に主催する舞踏会の警備。
いつもなら警備等の仕事はスティングが好まないためにあまり引き受けない。
しかし、今回ばかりはそういう訳にはいかなかった。

大魔闘演武で優勝し続けてきたギルドは妖精の尻尾の復活によって準優勝。
おかげでずっと最下位だった弱小ギルドの汚名を返上した彼らの知名度は上がり、
ギルドもかつての活気を取り戻したようである。
天狼島から帰還したメンバーも、取り残されたメンバーもさぞや嬉しかったことだろう。
それは小さい頃から彼らに憧れたスティングも一緒だった。

しかしそれとこれとは別問題だ。妖精の尻尾に仕事が流れたせいで、こちらについていた客のいくらかが
減ってしまった。それまで剣咬の虎を贔屓にしていた客やファンも、妖精の尻尾に傾いていっている傾向が見られる。
ギルドマスターとなったスティングは元気のよくなった(ある意味リミッターの外れた)
ギルドメンバーたちをまとめながら修繕費や苦情の対応に追われ、そして仕事がさらに妖精の尻尾に
取られてしまわないようにと東奔西走する日々なのである。
もちろん彼一人でやるのではない。できるはずがないとは言わないが、「手伝ってくれ」と泣きつかれる確率は
100%に等しい。
そして「仕方ないな」と言いながら、ある時には自分の仕事を押しのけて、ある時には出先についていって頭を下げ、そしてまた別の時には夜遅くまで書類と向き合う。
最初のうちスティングは申し訳無さそうな態度を見せることが多かった。
「何でも自分でやらなくていい。どうせ全部自分でできないだろう」と、鼻で笑いながら言えば、拗ねながらも
スティングは安心したように笑う。そんなことを繰り返しているうちに彼は申し訳無さそうな顔をしなくなった。
当たり前のように仕事を持ってきて、「手伝ってくれ」と言う。
そして俺は、決まって「仕方ないな」と言いながらそれを受け取る。

そう、いつだって何かあれば手を伸ばすのは隣なのだ。
それを嬉しく思い、そして密かにそれを当然のことだと思っていた。自分の中の小さな傲りだった。
スティングの一番は自分である、と…声には出さないし確かに自信を持っているわけではないが
心の片隅でそれが当然であると信じて疑わない部分があったのである。



「指名依頼だから仕方ないけどさ、どうせならもうちょい暴れられる仕事が良かったな」
スティングが何気なく傾けるグラスの中で、氷がたてるカランカランという音が耳に心地よい。
「ああ。仕事で外へ出るのは久しぶりだからな。」
今回の仕事は、依頼人がギルドの特定の魔道士を指定して仕事を依頼する、指名依頼だった。
仕事が減りつつあり、指名依頼をする依頼人は殆ど大魔闘演武に出場していたグレイやエルザ、ルーシィを
選びたがっている。
ナツは戦車とタッグバトルのみの出場だったため、指名依頼が入っているのかは不明だが
少なくとも他のメンバーはルックスで選ばれるところもあるようだ。
「倍率が減ったと思ったのかね」
スティングが氷を噛み砕きながら言う。

人気ギルドであった剣咬の虎は当然指名依頼も多く入っていた。
特に双竜宛て(スティングのみ、俺のみの依頼はどういうわけだか極端に少ない)の依頼は当然多く、
すべての依頼を受けるわけにはいかないため、こちらがやりたいものをランダムに選んでいた。
倍率は当然高くなる。
しかし大魔闘演武以降、仕事が妖精の尻尾に取られるようになってから指名依頼の倍率は低くなっていた。
ここ7年で上がった滅竜魔導士の希少価値は、彼らの帰還によって下がり、
「そう珍しくもない」扱いを受けているような気さえする。
「滅竜魔導士を選ぶんならナツさんとかガジルさんとか、ウェンディさん…あとラクサスさんもいるし、
そっちに仕事流れてるから、今ならやってくれるだろ的な?なんかちょっとむかつくけど」
「そう言うな。皆お前がマスターになって遠慮している部分があるのだろう。それに…」
魔道士を選んで依頼するのは、何も魔力や魔法の種類、特徴だけでない。
それはさることながら、ルックスや性格なども考慮される。雑誌や地元の噂は有力な判断材料だ。
「パーティの警備だろう?そりゃあ、小奇麗なほうがいいじゃないか」
スティングの顔を見ながら、ふ、と笑った。
「そういう理由?」
「ナツはともかく、ガジルでは厳つすぎる」
「ははは、そうだな。あと何かあった時に加減して暴れられる奴じゃないと」
「奴らにできるとは思えんな」

額の真ん中辺りの前髪だけ無理矢理に上げた、金色の髪が風に靡く。
青白かった顔色は本来の血色を取り戻していた。
少々目つきは悪けれど、顔の良さは週ソラお墨付きだ。
「まあ、当然と言えば。」
「何が?」
「いや、何でもない。とにかく今は仕事を取り逃がさないことだ。指名依頼とあらば断る理由はない。粗相のないようにしなければな」
「とちるなってことだろ。大丈夫だよ」
「本当か?まあいいが…あ、変な女に絡まれるなよ。そのまま持って帰ってこられでもしたら…」
「そんなことするわけねえだろ!つかお前こそ気をつけろよ。いつかのあれ、忘れたわけじゃねえからな。
誘われてもほいほい踊ったりすんなよ」
冗談で言ったつもりだったが、スティングはむくれて身を乗り出して抗議してきた。
「わかっている」
半分笑いながら聞き流せば、そんなことないと軽く振った手を捉えられる。
「約束しろ。女には声かけない、声かけられても断る、もちろん当たり前だけど男もな。それに、ちやほやしてくる
女には冷たくしろ。」
「なんでそこまで言われないといけないんだ」
スティングが予想以上の要求を突きつけてきたので顔をしかめると、彼は俺の倍くらい眉間の皺を深くした。
「前科があっから言ってんだ。反論する資格なし」
「前科とは人聞きの悪い…わかった、気をつけるから手を離せ。ここでは…」
人目につく、と言おうとしたそばから掴まれていた手はスティングの方へ取られてしまった。
一本一本お互いの指が絡まる。アームカバーを通して素手にスティングの体温が伝わってきた。
「頼むから。」
「ああ。ちゃんと言われた通りにする」
「本当だな?」
「しつこいぞ」

スティングはしぶしぶながら手を離し、それから肘をついて俺の後ろに広がる景色を眺めた。
カフェのオープンテラスは、二階部分から眼下に広がる街が見渡せた。
乾燥した風が髪を撫でる。
…そういえば、また少し伸びてきたかもしれない。そろそろ括りあげてしまおうか。
礼服を着るには伸ばしっぱなしの髪は良くない、近くの売店で髪を結わえるゴムを一つ買っていこう。
いつしかすっきりとした気分になった俺はまた水の入ったグラスを傾けた。
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