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□フロッシュとローグ
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フロッシュとローグ


これはフロッシュが生まれたばかりの頃のおはなし。


スティングとローグとレクターは、隣町を目指して小さな森の中を歩いていた。
森の中は静かで、比較的背丈の低い木本が優占種の森だった。
冬はもうすぐそこで、道無き道を抜ける一行の足元には燃える秋に身を躍らせ、儚く枯れ尽きた葉や落ちた小枝が絨毯となって続いている。

ローグは首に巻いていたボロボロのマフラーをぎゅっと握りしめた。指先は冷え切っており、吐く息は微かに白くなって宙に消えていった。
スティングは寒さをものともせず、季節外れも甚だしい格好でローグの前を歩いている。彼の足元にはレクターが。
レクターは寒くないのだろうかと、歩くたびふわふわと揺れる彼の茶毛を見ながらそう思った。暖かそうな毛に包まれているとはいえ、裸足だ。
彼らのような喋る猫たちは人間とどこまで感覚が同じなのだろうとよく考える。
可愛らしい耳が時々ぴくりと揺れるのを見ながら、ローグはレクターの後ろを歩いていた。
レクターはスティングの弟子だった。本人たちは師弟だとといいつつも、兄弟のような、相棒のようなそんな信頼関係があり、レクターはスティングをとても慕って、スティングはレクターをとても可愛がっていた。
ローグにはそれが少し羨ましかった。
自分の足元をひょこひょこと動き回るこの小さな生き物は、珍しく、そしてとてつもなく可愛かった。


そんなことを思いながら、そう遠くない場所で小川のせせらぎが聞こえるのに気づいてローグは少し安心した。
水があるのはいいことだ。
今夜はきっと野宿になるだろうが、水がそばにあるということは、入浴(といってもただの水浴びである)や、食事の心配をしなくて済んだ。
川が綺麗で少し大きめならば、魚が獲れるだろう。
もうこの時季の葉っぱや木々の枝は乾燥しているので、スティングの光エネルギーを熱に転換させればすぐに火が起こせる。
今晩はひもじい思いをすることなく、清潔な体で眠れる。ローグは安心のため息ついた。白い息がまた宙に浮かんで消えていった。



「?」
ふと、耳をすますと何かの声が聞こえてきた。
泣き声だ。
「うっ…えっ…」
ローグよりもずっと幼い子供のような泣き方と高い声。
こんな森の中で、迷子にでもなったのだろうか。
ローグが声の聞こえる方をじっと見つめて立ち止まるとスティングとレクターが程なくして振り返った。
「どうした?ローグ?」
スティングが問うた。
「聞こえないのか?」

滅竜魔導士は五感に優れている。…といっても、個人差はある。ローグはスティングのように鋭い嗅覚を持ち合わせていなかった(それでも普通の人間よりはずっと鼻が効く)が、その代わり聴覚に優れていた。
スティングの聞こえない声が聞こえているのだろう。
「子どもの泣き声がする。」
「は?」
「小さな子どもだ。まだ赤ちゃんかもしれない」
そう言うとローグは小川の方へと草をかき分け進んでいく。
まだ小さな子どもならこんな寒い時期に、もうすぐ日が暮れるのに残しておけない。
「おい!ローグ!」
「助けるんですか?」
慌てて追いかけてくる背後のスティングとレクターに振り返らずに答える。
「気づいたのに放っておけないだろう」
「おいおい、早く先急がねえと日が暮れる前に街につかないだろ」
「安心しろ秋はつるべ落としだ。今日中に森を抜けるのは無理だろうな」
「確かに最近日が落ちるのが早くなりましたからね…」
「じゃあ今晩も野宿かよ」
うんざりした様子の1人と1匹をよそにローグは声の聞こえる方へと急いでいた。
小川の方だ。
近づくにつれスティングにも聞こえるようになったのか、おや、と耳をすませている。
「子どもっていうより赤ちゃんだな」
「どうしてこんなところにいるのでしょう」

森を少しばかり進むと急に開けた場所に出た。小川だ。川幅は3、4メートルしかなく、浅い。両側はほとんど河原のようになっているため水が流れているところは深くてもせいぜいローグの向こう脛の真ん中くらいまでだった。
小川は緩くカーブしており、所々にローグの身長くらいの大きめの岩が転がっていた。
下流のあたりから泣き声が聞こえる。
そちらに目を凝らせば奇妙なものが目に飛び込んできた。

カエル人間…ローグが真っ先に頭に浮かんできた言葉がそれだ。
今見ているものを形容するにはそれが一番的確な気がした。
ローグの胸くらいまでの身長に、カエルの手と足が生えていて、足は二足歩行するようにできている。
「なんじゃありゃ?」
スティングが思ったままを口にした。
「カエル人間…でしょうか?」
レクターがローグが思ったのと同じことを口にした。

この世界には人間以外にも知能をもつ種族が数多に存在する。わかりやすいものだと喋るゴリラであるバルカン(これはエロ猿とも呼ばれているが)や、レクターのような喋る猫まで。
可愛らしさの度合いが違うこそすれ、カエル人間のようなものがいてもおかしくないだろう。

しかし問題はそこではなかった。
カエル人間はこちらからは見えないが、大きな岩の影になっている向こう側の足元を見て何やらおろおろしていた。
しゃがんだり、首をかしげたり、落ち着かない様子だ。
そしてローグが先ほどから聞いていた泣き声はそのカエル人間の近くの岩のあたりから聞こえてくるのだ。
「事情を聞いた方が良さそうだな」
ローグは下流の方へと足を向けた。

「えっ…えっ…うっ…」
幼い泣き声がより鮮明に聞こえるようになる。カエル人間の皮膚の表面のつるっとしたのが見えるようになった。
「おい、何かあったのか」
ローグはカエル人間が喋れるものと判断して声をかけた。
案の定カエル人間はこちらを向いた。
そして岩場の影の泣き声の主を確かめた瞬間、ローグは声を失った。

まだ子どもであるローグの手でもすっぽり抱きかかえてしまえそうな小さな体。ピンと立った耳に深く鮮やかな色の緑の毛。
小さな緑色の猫が岩場の影にしゃがんで両手(前足?)で目を覆い泣いていた。
あまりにも可愛らしい小さな子猫を見てローグはただ立ち尽くしていた。

「おっ…!?」
「これは…!?」
子猫の姿を捉えたスティングとレクターも驚きで固まっている。
「あのー、お兄さんがた?」
急に聞きなれない声が聞こえた。この場にいるもう1人(?)だ。
カエル人間がいかにも人間らしく、中途半端に右手(?)を宙に彷徨わせたまま、遠慮がちにローグに声をかけた。
やはり喋れるようである。そして彼(と代名することにする)は非常に流暢に言葉を喋った。
「この子猫は?」
ローグが問うと、カエル人間は意図を察しペラペラとしゃべりだした。会話の能力は高いようだ。
「数日前に卵から孵ったんでやんす。あっしらと見た目が随分違うもんで、こりゃあたぬきじゃあないかということになったんですが、この川に連れてきて姿を見せたら、また泣き出して」
「卵から孵った?」
「へえ。随分大きな卵が川辺に落ちてたもんで、あっしらの子どもと一緒に育てだんでやんす。」

猫は哺乳類で本来胎生だ。
卵から孵ったという話は聞いたことがない。ただひとつを除いて。
「レクターと一緒…ってことか?」
「なあレクター、お前は卵から生まれたんだよな」
スティングが問うた。レクターはすぐさま頷く。
「ハイ。そうです」

「おいお前、この子を一緒に育てたって…つまりお前達の子どもと一緒に温めたということか?」
「へえ。そうでやんす。あっしらの群れはもうちょっと下流へ行ったところの洞窟に住んでるでやんす。そこへ持って帰って仲間と一緒に交代で温めたでやんす」
「そうか。で、数日前に生まれたばかりなんだな」
「へえ。卵から孵ったら毛むくじゃらであっしらの知ってるところではたぬきの子どもじゃねえかという話になったんですが」
「そうか。俺が思うにこの子は猫だ。お前達は猫をしらないんだな」
「へえ…それは外の世界の生き物でやんすか?あっしらはここらの生き物と人間しか見たことがないもんで」

カエル人間の横を通り過ぎて岩場の影で泣く子猫の前にしゃがんだ。
「えっ…えっ…」
「どうして泣いているんだ?」
なるべく優しく、声をかけると背後でカエル人間が言った。
「3日前からずっとこうなんでやんす。きっかけはうちの長老の言葉でした。おまえさんはカエルじゃあないよ、と」
「この子は自分をカエルだと思っていたのか?」
「へえ。それで泣き出して、言葉で説明しても駄々をこねるばっかで、それで小川に姿を映したのを見れば、わかるかと」
「なるほど。」

ローグは顔を覆って泣いている小さな生き物を見つめた。悲しそうに泣く子猫の姿にこちらまで悲しくなってくる。
「変ですね。」
急にレクターが口を開いた。
「確かにその子は僕に似ていますが、僕は生まれた時から言葉を話せましたしこんなに小さくありませんでしたよ」
「そうなのか?」
スティングが興味津々でレクターの話に乗っかった。
「確かに随分小さいな。未熟児なんじゃないか?」
「未熟児?」
スティングが首をかしげた。すぐさまローグの言ったことを理解したレクターが解説する。
「まだ十分に成長しきっていない状態で生まれてくる子どものことですよ。他の子どものくらべて体が小さく発達が遅いそうです」
「そうか。それなら、小さくて言葉がちゃんと喋れないのも仕方ないんじゃねえか?」
「ハイ…ですが、卵から孵るのは十分に成長してからです。僕はあまり覚えていませんが卵の中にいるときに言葉などを吸収しました。なぜこの子はそんなに早く生まれてきたのか…」
「温め方が足りなかったんじゃないのか?」

スティングはそう言って責めるような目でカエル人間を見つめた。
カエル人間はまたオロオロした。まさに蛇に睨まれたなんとやらだ。
「スティング、カエルは変温動物だ。この子の卵を温めるのに必要な体温を持っていない可能性がある」
「変温動物ぅ?」
スティングが首をかしげた。
すかさずレクターが解説する。
「変温動物は季節の変化など、外気温の上下に伴って体温が変わるんです。僕らのような恒温動物は常に一定の体温を保っているので冬でも体が温かいんですよ」
「へぇー。じゃあ今の季節じゃ寒くてあっためらんないってことか」
スティングが呟いたのにローグが頷いた。
「ああ。カエルはカエルの卵を温めるのはできても、猫は無理だったんだろうな」

ローグは泣いている猫の頭にそっと手を伸ばして柔らかな毛を撫でた。
「ううっ…えっ…」
「ほら、大丈夫だよ。顔をあげてごらん」
どこまで言葉理解しているかわからなかったが、子猫に声をかけた。
撫でられた子猫は、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。
ローグは手招きして後ろに立っていたレクタを呼び寄せる。
「ほら、お前と同じだよ。お前は猫で、このお兄さんと同じ生き物だよ」
泣いていた子猫は静かになって、レクターの顔をじっと見た。
「こんにちは。僕は君よりずっと年上ですが、同じ猫ですよ」
レクターがぐっと胸を張って見せた。
子猫は幼いたどたどしい声で言った。
「ねこ?」
「そうです。ほら、小川に映った君の姿と僕はよく似ているでしょう?耳と尻尾があります。」
レクターが示した通りに子猫は小川に映った自分の顔を見て、それから尻尾を動かした。
「しっぽ」
「そうです。それに君は空を飛べるんですよ。僕らは体内に魔力を持っていて、翼という魔法は使えるんです!」
「とべるの?」
「ええ。ほら!」
レクターが翼を広げて飛んで見せると今まで浮かない顔をしていた子猫の表情がぱあっと明るくなった。
「わー!」

そうして猫2匹のやりとりを目を細めて眺めていたローグは、同じような顔をしているカエル人間の方へと振り返った。
「あの子の名前は?」
「決まってないでやんす。あっしらはたぬきと呼んどりましたが」
「たぬきじゃあんまりだな」
スティングが苦笑いした。

「…フロッシュ」
ローグはそう呟いた。
「フロッシュ?」
「ああ。あの子の名前だ。フロッシュがいい」
「お前が決めるのか?」
スティングが顔をしかめたのでローグが反論する。
「お前だって猫を連れてるじゃないか!」
「あーなるほど、羨ましかったのか。お前最初っからレクターのこと気に入ってたもんな」
スティングがにへらと笑うとローグはふん、とそっぽを向いた。
それから、生来の力である翼を本能で駆使できるようになった子猫に声をかけた。
「ほら、フロッシュ!おいで!」
天に向かって両手を広げるローグに、スティングは眩しいものでも見るかのように目を細めた。
ローグは今まで見たことのないような優しい顔で微笑んでいた。

「ふろー?」
「そうだよ。お前は今日からフロッシュだ。」
「フロー!」
「ああ。フロッシュ、俺と一緒に来てくれるか?」
「フローがー?」
「そうだよ。俺はローグ。ローグ・チェーニだ。」
「ローグ!」
「ああ。あのお兄さんはレクター。こっちの奴はスティングだ。」
「レクター、すてぃ…?」
スティングの名前を言うのが難しかったのか途中で詰まってしまうフロッシュに、スティングが言う。
「スティング。」
「すてぃん!」
「スティングだってば」
「すてぃん!」
フロッシュは言葉を覚えたのが嬉しいのか、レクターとスティンと、そしてローグの名を何度も繰り返し言った。




パチパチと薪が燃える音を前に、ローグはあぐらをかいてその上に緑子猫抱いていた。ローグの両手のひらに収まるほどの小さな命は静かな寝息を立てて眠っていた。
フロッシュの体そっと自分のマフラーをかけてやるローグの目は慈愛に満ちていた。
腕の中にある小さな体温が愛しくて。
ローグは起こさないようにそっと、フロッシュの頭を撫でた。




その後街に着いた一行は市場でイベント用のピンクのカエルの着ぐるみを見つけ、フロッシュが欲しいと駄々をこねたのでローグがハギレで夜なべをして小さな着ぐるみを縫っているところをスティングに見つかりからかわれるのはまた別のおはなし。

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