Inazuma(book)

□ブランチ短文集
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<皇帝の湯あみ>2018.6.26


13話が来る前に書いてしまえシリーズ2
・王帝月ノ宮って全寮制のイメージ(捏造)
・アレスの天秤システムを捏造(すみません)
・「負けられない」というのはつまりこういうことなのかなと予想
・西蔭の一人称がわかりません(俺にしときました)
・内容の99%は西蔭の雄っぱいに尽きる


野坂は今日も決められた通りトレーニングルームに向かった。
連携確認以外の個人的なトレーニングは、アレスの天秤システムに則り個々に行う。
トレーニングジムにてスタッフがデータとコンディションを見比べながらその日のメニューを決める。周りにはアレスの天秤システム専門の技術者の他に機能訓練士など数多の技術者や専門家が常にいて自分たちの体を管理している。
アレスの天秤システム自体、まだ完全に完成しているとは言い難いようで、実証段階に入ったものの野坂たちはサッカー分野における被験者のようなものだ。
体づくりは主にトレーニングルームで行う。
観察に行った中学校の多くのように、校舎やグラウンドの外周を走ったり選手同士でのストレッチやトレーニングを行ったりすることは、ここでは、ない。
人間は個々に違う。所謂個性というものだ。だから選手本人に合ったものをプログラムが組まれるため、別々にトレーニングを行う。しかし、その個性はこのシステムによればDNAの構造の違いに過ぎなく、性格や特徴もすべて、複雑なようでいて単調な数字とアルファベットに置き換えられ説明されてしまう。
中学二年の野坂は幾ら勉学の面にも優れているからと言って、技術者が手元でデータを取っているその数字やアルファベットの意味するところをすべて理解できるわけではなかった。
ただ、大人たちが自分たちにわかるように説明するその言葉を鵜呑みにして、与えられるメニューをこなすしかなかった。
その日の体調などのコンディションと自分の能力は、すべてデータ化されて把握されているので、能力以上のものも以下のものも与えられることはない。よって、その日のメニューを終えられないことは許されない、もっと言うと終えられないことは「ありえない」のであった。
これはサッカーにおける勝敗も同様である。
相手チームのデータ分析を大きく誤らない限り、王帝月ノ宮が常に勝利するよう完ぺきなプログラミングが行われる。日々のトレーニングと練習をこなし、そのシステムに則っていれば王帝月ノ宮が勝利することは計算上確実であるため、野坂たちは勝利するのが当たり前であり、当然の結果だった。こういうわけで野坂は「負けることができない」のであった。


野坂は他の選手が受けているトレーニングを知らない。
運動工学を少しかじっているため、体やその動かし方を見ればほんの少し予想はつくが、
トレーニング自体を見たことは殆どなかった。
今日もトレーニングを単調に終えた野坂は、部屋へ戻ることにした。
シャワールームはサッカー部の寮に備え付けになっている。
サッカー分野に力を入れているこの学校では、シャワールームすら個々の部屋に設置してあった。必要な荷物だけをまとめてトレーニングルームを出ると、寮へ向かう途中で遠くに西蔭の背中を見かけた。同じくトレーニングを終え寮へ戻る途中のようだ。
彼は常に自分のそばに控えているが、トレーニングの際は別々であるし、その後はシャワーを浴びるため自室に戻る。
だが、本日野坂は彼がそのようにする―つまり野坂のそばにいない―ことが嫌だった。
であるので、背後から声をかけ自室に連れ帰ることにした。
足早に近寄っていくと、気が付いたのか西蔭は振り返る。
いつも思う。彼は少し獣に近い。こうして他の人間と野坂の足音を聞き分けている。
「やあ、終わったのかい」
「はい。今戻るところです」
「じゃあ僕の部屋に来なよ。シャワーもそこでいい」
「…しかし…、…わかりました」
並んで歩きだすと、西蔭は自然と野坂の背後に下がり、斜め左後ろからついてくる。
野坂はふいに目を閉じた。自分の足音を意図的に頭から追いやって、西蔭の足音だけに耳を澄ませる。自分よりも少し重たい足音。かかる重力の分だけ違う。靴の裏の面積も。
けれども歩き方に癖はない。引きずったり弾んでいたりしない。常に一定のリズムだ。
これを、他の人間と聞き分けることは果たして可能なのだろうか。
少なくとも、西蔭の足音を聞き分けるプログラムは受けていない(当たり前だが)。
それでも、聞き分けられるようになりたいかと聞かれればその答えはYESであった。
「ねえ西蔭、人の足音を聞き分けるコツって何かあるのかい?」
「はあ…足音ですか」
「ピンと来てない感じだね。君、僕の足音を聞き分けるだろう?」
振り向かずに寮に向かいながらそう問うと、少しの間のあと、いつもと変わらない声音でこう返ってきた。
「俺がわかるのは野坂さんの足音だけです」
「…へえ、」
「なので聞き分けるコツはありません。特に意識していないので」
…やはり西蔭は獣であった。

自分より大きな獣を自室に連れ帰ると、彼は荷物を持ったまま立ち尽くしていた。
「シャワー浴びよう」
「野坂さんがお先に」
「君も一緒にだよ。」
「え…」
「汗をかいているのに気持ちが悪いだろう。いくら僕でも、その状態で待たせたりしないよ。
それとも嫌かい?」
「…いいえ」
「なら決まりだね」
荷物を置かせて、シャワールームに引っ張り込むと、やはり男二人には手狭であった。
野坂は他の選手と比べて体つきが特別大きいわけではないが、この狭さはやはり連れ込んだ獣のせいだろう。体を伸ばして浸かれる大浴場は寮の別の場所にあるので、ここはあくまで本当に汗を流すためだけのものだ。
全裸になって、野坂の連れ帰った獣は手持無沙汰にして目線をそらしシャワールームの床のタイルを見つめている。
先に頭を濡らした野坂はシャワーヘッドを手渡した。
「ほら、使いなよ」
「はい…」

シャワーのあとは食事を済ませ明日の予習と課題を終わらせて寝るつもりだったので、
野坂は髪も体も顔もすべて洗った。西蔭も同様にしていたが、彼がシャワールームで遠慮ぎみにばかりしているせいで野坂が上がるころにまだ西蔭は体を洗っていた。
野坂はシャワールームの壁にもたれかかって西蔭の腕に指を這わせた。
いつもきれいに後ろに掻き上げられている髪はほぐれて肩に広がっており、髪と髪の間から切れ長の目がこちらをとらえていた。
「?」
「君はどんなメニューをうけているの?本当に、毎回見るたび育っているよね」
ポジションがGKなので、強い体を作るように訓練されているとは思うが、それにしても野坂と比べてこの差である。水に浮かない筋肉の塊だ。
「DNA分析上、筋肉がつきやすいそうで」
「それは見ればわかるよ」
腕の筋の凹凸を触るのは存外に楽しい。そこからつながる手はいつもグローブに包まれているが、今は素肌を晒しており青い静脈がぷっくりと浮いていた。
掌が大きいだけでなく、第一関節からの長さもある。泡だらけの手をとって、自分のものをその上に重ねると、親亀の上に子亀、といった様子であった。
「大きいね」
「キーパーですからね」
11分の1の、手でサッカーボールを持ちえるポジション。
自分がコートエンドに背を向け、まっすぐ敵をとらえることができるのはこの手が、自分の背中側で広げられているからだ。
野坂が手を離すと、西蔭はまたボリュームのある髪の毛の中に手をつっこんでシャンプーの続きを再開した。触るものがなくなってつまらなくなった野坂は目をつむってシャンプーに専念している西蔭の正面に回って首筋から胸元をながめる。
このあたりは素肌をまじまじと見ることがないので新鮮である。
日ごろから制服にしてもユニフォームにしても隠しえないガタイの良さが窮屈そうだとは思っていたが。
…大胸筋は順調に育っているようだ。
こう、手をまるく構えて添えると掌に乗っかりそうである。…これもシステムによるトレーニングの成果なのだろうか?
「野坂さん?」
両手を広げて、彼の胸に押し当てると少し柔らかな感触のあとに弾力が生まれ跳ね返ってくる。
「ねえ、これ、こんなに必要?」
「…はあ」
「立派だねえ」
「はい。特に筋肉がつきやすいそうで」
「ここが?」
「はい。」
「へえー」
自分にはないこの弾力が面白くなって野坂はぐいぐいと掌を押し付けた。
同じ中学生でここまで違うものか。
「野坂さん…」
ふと顔をあげると西蔭が眉尻を下げ困った顔でシャンプーの手を止めていた。
「なんだい?気にしないで続けたまえ」
野坂は悪戯っぽい顔で大袈裟に胸を張って命令をすると、西蔭がシャンプーを再開したのを見計らって歩み寄り、彼の胸の中心のあたりに額を押し付けた。
身長差があるので、野坂の目線はちょうど西蔭の首の鎖骨のあたりにある。
少しかがむようにして頬や額を彼の胸元に押し付けていると、シャワーヘッドを取り上げた西蔭が野坂の肩を掴んだ。
「流すので、泡がつきますよ」
そう言って引きはがされてしまった。
「…つまらないな」


シャワールームには湯気が立ち込めている。
西蔭が頭を流しおわって目を開けると、そのシャワーヘッドで今度は野坂の肩を流し始めた。
「肩が冷えていますよ」
「ありがとう」
野坂の肩を温めるようにお湯で流し、わずかに背に手を回して引き寄せるようにすると首元や背中も温めてくれる。気の回る男だ。
その間、野坂は先ほどの続きを楽しむことにした。彼の背に腕を回して胸元に顔を押し当てる。感じ取れる鼓動の緩やかなリズムに、なぜだか異様に眠気を誘われた。
半分意識がぷつぷつと途切れたり繋がったりする中で、よく回らない頭はもう何もしたくないと訴えているようであった。
程よい弾力と鼓動のリズムに、温かい湯と大きなてのひらは、自分に必要なものが全てそろっていて、その上これ以上は何もいらないように思えた。
プログラムや数字はどうでもいい。勝つこと、否、勝たなければならない、勝って当然のことも何もかもどうでもいい。必要なものは自分が今抱きしめているこの大きな優しい獣だけだった。
西蔭は冷えた野坂の肩を入念に温めた。ついでに髪をもう一度流し、冷えた耳たぶを自分の手で温める。誰かに体を触らせることは全くと言っていいほどない野坂は今、西蔭の心遣いを抵抗なくすべて受け入れていた。
彼の手を通して感じられるのは野坂を思いやる心ただ一つである。
眠気の中で、この時間がずっと終わらなければいいのにと思った。





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