Inazuma(book)

□ブランチ短文集
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<皇帝のお気に入り>2018.6.24

※13話放送前に書きました。
(敢えて捏造するなら今のうち…)
※会話のない夫婦
※本番は省略したものの行為表現があります
※1クール飯テロ(物理)と皇帝座りしかしない主人公のため設定がよくわかりません(本音)




他校の試合を観戦ーというよりは観察ーして帰る途中、必ずどこかで夕飯を済ませて帰る。
調べて興味を引いた店で西蔭にものを食べさせるのが野坂は何となく気に入っていた。
好き、嫌い、嬉しい、悲しい、拘りや感情は持たない。必要のないものは持たない。
無駄を省いて育てられてきた野坂は世間一般の人間が行うものを概念として頭で理解できても自ら体験することはない。
それでも気に入るものは気に入っていた。
スタジアムでは普通にシートに座るより背凭れに腰かけたほうがよく見える。これはお気に入り。
私服は黒が多い。これもお気に入りだろう。
決まってつけているアクセサリー、これもそのうちだ。
だが多分、これらが全てなくなったとしても何とも思わないのだろう。
執着は必要のないものだ。けれども、否定する必要のないものを否定する必要もまた、ない。

メニューが辛いと有名なラーメン屋を訪れた。
辛さには段階があるらしい。どうせなら一番辛いのを頼んでみるのが一興だろう。
もちろん野坂は食べるつもりなどない。
「じゃあこの一番辛いのと、普通のを貰おうかな」
店員のそう伝えた。
西蔭は辛い方を食べさせられると分かっているだろう。
しかし拒否はしない。
野坂の望むままに振る舞い、野坂の側に常に控えている。
西蔭もまた野坂にとってそういった「お気に入り」の存在だった。だがこちらは他と少し違う。
なくなっても支障がない、執着していない、これらは西蔭に関しては否定ができない。
誰にも明かせない事実だ。そして自分のこの「感情」とでも表現されてしまいそうな西蔭に対する距離感を自分の中で規定することをやめた。
考えることをやめ、否定も肯定もしないことにした。西蔭と過ごす時間の中で、自分がどう思っているのか、どう感じているのか、名前をつけることはおろか、何かを感じているかどうかすらももう考えない。
そうして考えるのをやめて時間が経つにつれて、西蔭の存在だけが肌に無駄に馴染んでいった。

一番辛いラーメンを西蔭は苦労して食べていた。
僅かに眉を寄せただけの平静な顔つきでいたが、辛さで生理的な涙が目尻に溜まり、耳と目元、首が真っ赤になっていた。
「ほら」
目尻の涙を指で拭ってやると西蔭はすみません、と返した。西蔭はそのままレンゲと箸でラーメンに専念し、下を向いていた。
彼がこちらを見ていないのをいいことに、野坂は西蔭の涙に濡れた指をぺろりと舐めてみた。
わずかに塩辛い。
耳と首筋を真っ赤にした西蔭の姿と、西蔭の涙の味は新しく野坂のお気に入りに登録された。

ラーメン屋の帰りに西蔭がコンビニに寄りたいと申し出たので許可した。
野坂は西蔭が何を買うのか、後ろから覗き込んで眺めていた。
ふとレジの方を見ると店員がこちらを見ていた。
その顔は不思議そうだった。
野坂は自分と西蔭が中学生と高校生の間くらいー見る人によって中学3年生と高校1年生かは変わるーに見えるらしいことを知っていた。
そのくらいの男子学生がコンビニに連れ立って会話もせず買い物をしていて、片方がもう片方にぴったりと寄り添ってそれを観察している。
世間一般からすれば不思議に見えるのだろう。
別に構わなかったが、野坂からすれば世間一般の同じ年くらいの男子学生は連れだつとなぜあんなに賑やかになるのかよくわからなかった。

西蔭はミントの清涼感の強いタブレットを買っていた。ラーメン屋で盛られたニンニクの口臭を気にしているらしい。
それをひとつだけ買って店を出ると店の出口でビニールを剥がして行儀よくゴミ箱に捨てた。
よく王帝月ノ宮の生徒は素行が良いと言われているらしいが、野坂を含め王帝の人間は必要の無い行為をしないだけだった。
社会規範に反する態度を取って周りに咎められる必要はないし、ゴミはゴミ箱に捨てればいいだけだ。そしてそれを面倒と思う気持ちもまた存在しない。
西蔭が1つ取り出して口に放り込んだので、僕にも頂戴、と言うと西蔭は一歩進み出て野坂の手を取ると、手のひらに1つ、タブレットを振り落とした。
「もう一つ要りますか?」
「必要ないよ」
そういうと野坂は踵を返し寮へと向かう方向へ歩いた。後ろから聞き慣れた足音が一定のリズムで聞こえる。

よく連れ立っているので校外の人間から仲がいいと囁かれることが多かった。仲がいいのかはわからない。
野坂は西蔭のことを「友人」とは思っていなかった。
西蔭は西蔭だ。それ以上も以下もない。
その代わりに、「西蔭とそれ以外」があった。
その境界線は自分から見ても明らかだったし、きっと他人から見てもそうだろう。
それはもう仕方のないことだった。
野坂には西蔭が必要なのだ。だが野坂も西蔭もそれを口にしない。なので周りは誰もそれについて言及しなかった。

寮に到着しても西蔭はついてくる。
当然のように部屋の前まで。
野坂はここで解散するつもりはなかった。
「じゃあね」とは言わないで、ドアノブを持ったまま振り返って西蔭の顔を見るとき、彼は「それでは明日」と言わず、野坂が開けたドアの中へ入ってくる。
会話のないまま野坂は自室のベッドへ腰掛けた。
西蔭が側へ来て立っている。
両手を前へ伸ばして差し出せば、西蔭は上体を屈ませる。ちょうど野坂の腕が首の高さに来るように。
野坂は西蔭の首に腕を絡ませた。西蔭はそれを甘んじて受け入れた。
そうして了承の儀式が終わると、野坂はいよいよ全てを考えるのをやめた。
「にしかげ、」
声音は甘く聞こえただろう。でもそんなことは自分の知ったことではない。
野坂さん、と耳元で囁く声は背骨を伝わり腰骨を擽った。
「ん、」
西蔭は片膝をついて騎士のように野坂の靴を丁寧に脱がせ膝裏に腕を差し込んで持ち上げベッドにまっすぐに寝かせる。野坂はされるがままだ。
西蔭がベッドの乗り上げるとギシリとスプリングが軋む音がした。野坂ひとりの体重では音を上げないこのベッドの軋む音は野坂の耳を強く刺激した。
西蔭の切れ長の目が迫って来る。
両腕を顔の横でベッドに押し付けられ、股の間に西蔭の膝が割り込んで来る。
彼は自分より少しだけ歳下だったが、随分と体格がいいのだ。
西蔭の腿を自分の両腿で挟み擦り上げる。
両腕は拘束されて使えないので、首筋に顔を埋める西蔭の顔を肩と耳で挟んで受け止め温かさを味わった。
首筋に舌を這わせ、耳を食む西蔭の息遣いは首を伝い、耳から直接流れ込み野坂の背筋を伝わって腰骨へ、下腹部につながる。
「あ…」
その一声が漏れた瞬間、野坂は何かを諦めるのであった。あとは簡単である。
「ねえ、胸、して」
両腕が自由になった途端、トップスの裾をめくり上げて胸元を曝け出す。
西蔭は言われた通り、両胸の尖りを指先で刺激し、唇で食み、吸う。
「ん…っ、んっ」
胸元に顔を埋める西蔭の頭を野坂は抱き寄せた。
まるで幼子がぬいぐるみを抱くように、はたから見ればひどく大事そうに。
抱きしめた西蔭の頭のてっぺんに顔を埋めて、胸の飾りに与えられる快感に悶えた。
「んんっ…!」
そのうち言わなくても西蔭の手は胸から下へ伸び下腹部を捉える。そうして言葉は放棄され、互いが互いの望むものを望み、望まれるものを与えた。



行為ののち、野坂は西蔭がベッドを整え野坂の脱いだ私服を片付けるのを許さなかった。
「こっちを向いて横たわって」と指示をすると西蔭はその通り横になって大人しくしていた。
野坂はその背中に腕を回し、西蔭のよく育った胸筋に頰を添わせ、彼の足に足を絡ませ、鼓動の音を聞いていた。
不意に首を擡げて唇を求めると西蔭の舌はミントとかすかにガーリックの味がした。
これもまたお気に入りになった。
「ねえ西蔭、ぼくは今日もまたお気に入りが増えたよ」
「そうなんですか?」
西蔭もまた、ベッドの上では少しだけ様子が違う。
僅かに目元に感情を浮かべている。
それは優しげな瞳であった。
野坂はそれについてなんとも言わなかった。何も考えないことにしているからだ。
「それはどんなですか?」
いつもは追求しないのに、こうして野坂のことをもっと知ろうとしてくる。
胸の鼓動が少し早まった気がした。
「さあね、きっと君にはわからないさ」
だって君自身のことだからね、は声に出さなかった。すると、いつもは「そうですか」と言うだけの西蔭は少し眉を下げ残念そうな顔をした。
「ふふ、それも僕のお気に入りだよ」








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