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□てのひらの雪2
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かじかむ指先をこすり合わせ、白い息を吐きながらやってきたバイト先の書店で、
雪名は店名のプリントされた深緑のエプロンの紐に肩を通した。
今晩もまた一層冷える。こんな寒い夜は多少なりとも客足が遠のきそうだが、大型書店のここは
そう大して変わりはない。
わずかに開いたスタッフルームのドアの隙間から、客が行き来している店内が見える。
そこを通る客の中に彼の姿を無意識に探してしまう自分に苦笑する。
彼は編集職で、営業と鉢合わせにならないためにいつも書店にはひっそりと来ている。
とくに出版営業関連の業者がうろつきそうなレジ近くおよびスタッフルームの周辺などで彼が見つかるはずがない。
雪名は多少の期待を取り除いて、ファンシーに飾ったネームプレートを首にかけ、スタッフルームを出た。
雪名の担当棚である少女マンガコーナーにはすでに門限破りらしき派手な女子高生が群がっている。

うまいことをいって10冊ほど売ったあと、渋る女子高生を半ば無理やり帰宅させた。
本当に面白いと思って読んでいるかどうかはわからない。彼女たちも自分目当てであることはわかっている。
それでも本を売っている手前、それで漫画を買ってくれるなら文句はない。
ただ、自分が面白いと思っているものは他の人にも面白いと思って貰いたいのだが、現実は別である。
派手に嬌声をあげる女子高生が去って行くと、幾分か静かになった。
雪名は深い溜息をついた。ああいう女達がいる間は彼は姿を現さない。
棚影からじっとこちらの様子を見ていて、誰もいなくなったところをやってくるのだ。

少女マンガコーナーから少し離れたところに雑誌コーナーがある。
そこにはいつも彼が訪れていて、少女マンガコーナーの様子を窺いながら雑誌を読んでいることが多い。
そして付き合うようになってからは、誰もいないところを見計らって、
話に来てくれることも多くなった。
仕事中に逢引をしていようが、周りにはそれと分からない。
編集と書店員という立場は便利だった。営業に見つかれば些か気まずい空気になりはするが、同業者なうえ
雪名と木佐が頻繁に会っていても仕事の話としか思われないのは都合が良かった。

今日も来ているだろうか。怪しまれない程度にさり気なく雑誌コーナーをのぞいてみると、
2,3つ向こうの棚に小さな頭のてっぺんだけが見えているのが目に留まった。思わず胸が高鳴る。
今日は来てくれている。この距離でも、頭しか見えていなくてもわかる。彼が来ている。
雪名は年甲斐もないと思いつつも、すっ飛んでいきそうな勢いで、体の向きを変えた。
小走りになるのを抑えて、雑誌コーナーの棚の間を縫って、ちらちらと動いている頭の方へ向かう。
特に仕事上用事がなくても、忙しくて疲れていても、眼の下にクマを作ってここに来てくれる。
それが嬉しすぎて、雪名は見落としていた。
彼の隣にもう一つ長身の男の頭が見えていたことを。彼が必ずしも1人で来ているわけではないのだ。



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