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□てのひらの雪
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地下鉄を降りると雪が降っていた。雪名は思わず首元のマフラーをぎゅっと手繰り寄せ足早にコンビニの前を
通り過ぎた。都心に雪は積もらない。細かい羽毛のような雪が舞っているだけでアスファルトの地面に落ちると
音もなく静かに溶ける。鼻の頭が冷たくなるのを感じながら少しは慣れた大都会の道を人の波をすり抜けながら行く。
向かいから来た婦女子の目が自分を捉えるが、新しい恋人ができてから雪名は専らあまり女性に目が
いかなくなってきた。頭の中はいつだって童顔の恋人でいっぱいだ。早く会いたい。
特に急ぐ必要もないのに知らず知らず早足になる。


自分のアパートとは質も格も違う洒落たマンションの前まで来た。
オートロック式のそれのフロントに通ずる玄関の横に美しく飾られたクリスマスツリーがある。イルミネーションが
巻きつけられ、冬の夜を煌々と彩る小さめのモミの木は自分の心を浮き立たせた。
校了も明けて少しは忙しさも落ち着き、中でぬくぬくとしているであろう彼の元へ急ぐ。社会人である彼の苦労は
学生の雪名にはわからない。しかしせめてゆっくりできる時間には癒してあげたいのだ。
自分にどれくらいのことができるかわからないけれども。


プレートにシンプルに「木佐」とだけある玄関の前にたどり着いた。カメラ付きのインターホンのボタンを押す。
バイトが終わったあと尋ねると連絡をしておいたからすぐに出てくれるだろう。
案の定30秒もしないうちに中から足音がして目の前の扉がカチャリと音を立てた。少し開いた戸の隙間から
少年ともとれる愛しい童顔がちらりと目だけを覗かせる。
「こんばんは木佐さん。」
ドアの影に隠れるようにしてこちらを見ている木佐を覗きこんで声をかける。
「おお、雪名・・・。」
「おじゃまします。」


床暖房がついた部屋はあたたかく、冷えたつま先を溶かす。先に中へと入っていく木佐に続いて雪名は下げていた
コンビニ袋をガサガサやりながら中身を出した。
「木佐さん、これ期間限定発売してたんで。あとこれ、あとで2人で食べましょう。」
バイト先近くのコンビニで買った生チョコとティラミス2つ。テーブルに並べてみるとチョコレート系ばっかり
だったなと少し反省した。
実は甘いもの好きの木佐は並べた菓子を横から興味津々に覗きこんできて
「ああ、サンキュ。」
とあからさまに表には出さないが嬉しそうな様子で受け取り冷蔵庫へとしまった。
「外、寒かったか?」
部屋着とまではいかないが仕事の時よりラフな格好の木佐は薄いカーディガンを羽織っている。
「寒かったですよ。雪降ってましたから。」
溶けてしまった雪の水滴が微かにしみているマフラーを首からほどいて、分厚いコートを脱ぐ。
自分の顎くらいまでの身長の木佐は近寄ってきて雪名の鼻をつつ、とつついた。
「ほんとだ。鼻が赤くなってるな。」
へへ、と笑う彼は本当に可愛らしい。頬がゆるむのを抑えられず雪名は目の前の恋人をすっぽりと腕の中に
包み込んだ。
「ゆ、雪名。」
やることはやってるくせに何気ないスキンシップで慌てる彼は可愛い。この人は30歳のくせにどこまで純粋で
自分を夢中にさせるのだろう。憎らしくなって背中に回した腕に力をこめた。
「木佐さん、あったかいですね。」
「当たり前だろ、ずっと部屋ん中いたんだし。つかお前が冷たいんだよ。・・・・・すげえ外の匂いする。」
雪名の胸に顔をうずめてすう、と空気を吸い込む木佐。・・・天然だろうか。わざとではなかったがしばらく
黙っていると木佐ははっと気づいたように体を離し、咳払いをしてそっぽを向いてしまった。
もっと甘えてくれればいいのに。


「雪名、今日泊まってく?」
恐る恐るとも言えるほど慎重に木佐は尋ねてきた。・・・泊まりのお誘い。
少し近づけた顔は暖房で血色が良くなっていた。今日は割りと元気なのだろう。
こういう風に木佐から誘ってくるときは余裕があるということだ。
こんなことを言うと体目当てになってしまう気がするが、木佐の仕事上できるときにやっておかないと
いつ会えるかわからない。
「いいんですか、」
「うん・・・校了明けてちょっと落ち着いたし・・・。」
「わかりました。じゃあ泊まっていきます。」
そう言うと木佐の目がきらりと光った気がした。


「そういえば木佐さん、イヴは空いてますか。特にどっか行こうって決めてるわけじゃないですけど、
デートしましょうよ。」
もうクリスマスは2週間後だ。
「あー、たぶんいける・・・と思う。」
「じゃあ決まり。イヴの夜、空けといてくださいね。」
本当は女友達やバイト先の客からも声がかかっていたけれど、そんなのは関係ない。
この人と過ごせればそれで良かった。


シャワーを浴びてあがると、廊下の明かりは落とされていた。広角があがってしまうのをおさえて緩く腰に
バスタオルを巻きつけ、髪も乾かさずに寝室へ入る。暗い中でも窓のカーテンの隙間から漏れるわずかな光をたよりに
目をこらすとベッドにかけられた布団がもぞもぞと動いているのがわかった。
やわらかい羽毛布団をめくれば暗闇でも目に染みるほどの白い肌が浮かぶ。
「木佐さん。」
寒かったろうに、木佐は裸でうつぶせに寝転がっていた。
雪名は肩が冷えてくるのを感じてベッドに潜り込み、うつぶせの木佐の上に覆いかぶさった。
髪から滴る雫がシーツを濡らす。その中の1滴が木佐の背中にも垂れたのだろうか。
「雪名、お前まだ髪が濡れて」
寝返りをうった木佐に雪名はそれ以上言わせなかった。あっという間に唇を塞いでしまう。
健全な20代男子には木佐の白い肌は目に毒だ。布団をめくった瞬間から雪名は自身が頭をもたげるのを感じていた。
それにここ数週間会ってすらいなかったのだ。今更我慢できる自信なんて無い。

腹にあたたかな体温と滑らかな肌の感触を感じると下半身にずん、と熱が集まる。
「っ・・・おい雪名、そのまんまだと風邪引く・・・んんっ」
木佐が口を開けた隙に自分の舌を捩じ込む。抗議するように追いだそうとしてくる木佐の舌を絡めとってしまうと、
今度は背中を叩いて抵抗してきた。それでも構わずに口腔内を蹂躙する。
いい加減木佐が抵抗する気力もなくなったころ、そっと唇を離してやると、カーテンから漏れる外の明かりで木佐の
大きな瞳が黒曜石のように光った。潤んだ瞳は雪名をいっそう興奮させる。
「木佐さん、ごめんなさい。もう俺余裕ないです。」
先に謝っておこう。これからはじまる行為のその先に本能を制御できる自信を見いだせないまま、
手が動くままに雪名は木佐の細い腰を捉えていた。
「っ雪名・・・。」
抵抗をやめた木佐は仕方がないなという諦め顔になって、少し微笑を浮かべながら雪名の首に腕を回す。
木佐はキスや行為の時に首に腕を回す癖があるのだ。これが出たとき彼は相手をすべてを受け入れる体制になる。
もう後には戻れない。雪名は木佐のやわらかい首の皮膚に紅い痕を残しながら自分の中にもやもやと湧き上がる感情を
どうしようもできずにただ彼を抱きしめる腕に力をこめた。
この人を独占したい。自分だけのものにして、閉じ込めてしまいたい。
こんなにも可愛いこの人がいつか他のものになってしまわないように。他へ行かないように。
自分だけのものに。


続きます

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