君といた頃

□ジュース
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 『私設図書館たんぽぽ』の看板の前に辿り着き、智尋はまた見つけてしまった。
 兄に瓜二つの背中。広くはないが、小学低学年以下の子供たちが数人遊ぶ庭に、交差点で会った二人がいた。
 子供たちの甲高い声が響く中、智尋は気を取り直して玄関に入る。
「早川さんこんにちは、宮城です」
 奥に声を掛けながら靴を脱いで上がり込む。
「智尋くんか、いつもありがとう」
「いえ、僕も楽しみにしてきてますから」
 気のいいおじさん風の、早川館長に笑顔を向けて。智尋は児童書の棚に向かった。
 読み聞かせボランティア。智尋だけなら絶対やらないそれを、兄に誘われて始め、兄に頼まれて続けている。


「つぎにあらわれたのは」
 ページをめくると。
「ティラノサウルスだ〜」
 心持ち声を低くする智尋に、子供たちの悲鳴混じりの歓声が上がる。
「やっつけちゃえ」
「だめー」
「食べられちゃうよ」
 ページをめくりながら、智尋は違う声が加わったのに気付いた。
「ティラノサウルスがなきながら、しっぽをゆびさしました。みごとなとげが、ささっています」
「そんなやつ、食っちまえよ」
 後ろに途中から加わったらしい、小学生。なんだか態度が悪い。
「ひよりは、かわいそうだから、ぬいてあげようとしました」
「んなことしたら、こっちが食われるぞ」
 内心では同意しながら、智尋は無視してページをめくる。
「わーい、ありがとう。おれいに」
 食ってやる、と続けたいのを耐えて。
「あのがけのさきまで、のせてあげよう」
 子供たちの歓声の中、さっきの子はと智尋が見ると、二人組と一緒に廊下に出ていた。

 一冊済ませて帰ろうと智尋が事務室を覗くと、早川と一緒に二人プラス一人がお茶していた。
「じゃあ、失礼します」
 面倒だから、挨拶だけして帰ろうとすると、言われた。
「おまえ、宮城の弟だったんだってな」
 あっちゃんと呼ばれてた方が、笑っている。
「兄貴と他人間違えて抱きつくなよなあ」
 また、高らかに笑った。
「あっちゃん、よしなって」
「高藤くんは、確かに似てるよね。私も最初、間違えて声をかけたんだ」
 のほほんとした声で、早川が言った。
「じゃあ、帰ります」
「んじゃ、俺も」
 あっちゃんこと、高藤が智尋の横に並んだ。
「んじゃ、お二人さん。仲良く帰んなさいね」
 振り向いて手を振る。
「おう、ばいばいなー」

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